【西川善司のモバイルテックアラカルト】第41回: 「ABAL:DINOSAUR」を体験! 話題の同時多人数参加型VRシステム

もうこの記事が載るころには終わってしまっているかと思いますが、今回は、8月27日まで「テレビ朝日・六本木ヒルズ 夏祭り SUMMER STATION」で公開された同時多人数参加型VRシステム「ABAL:DINOSAUR」を紹介したいと思います。

「ABAL:DINOSAUR」に採用されていたワイヤレスVR-HMDはスマホベースの「Galaxy Gear VR」だった!?

この連載の第24回にて、同時多人数参加型のVRシステムについて、いろいろと紹介したことがありました。

この中で、「ABAL」の試作体験システムをプレイしてきたことを報告しましたが、「ABAL:DINOSAUR」はまさに、その「ABAL」の正式サービス版の第1弾コンテンツだったのです。

仮想世界で他人と触れ合える驚き

「ABAL:DINOSAUR」は最大6人同時に体験できる設計で、来場者はVR-HMDを被る前に、両手と両足にモーショントラッキング用のマーカーユニットを取り付けることになります。

取り付け部分はマジックテープ付きの伸縮素材のバンドで出来ていて、簡単に取り付けられますが、両手両足に取り付けるのでそれなりの時間は掛かります。

手足に取り付けるバンド付きモーショントラッキング用マーカー

手足にマーカーを付け、さらにVR-HMDも装着

このモーショントラッキング用マーカーを取り付けてから、ワイヤレス仕様のVR-HMDを被ることになるのですが、被った直後からちょっとした驚きが待っています。

というのも、自分が今さっきまでモーショントラッキング用マーカーを取り付けていた待機室そのものが、CG再現された情景として目の前に広がっているからです。

しかも、自分以外の5人のVR体験者はCG化されて見えていて、このCG再現された待機室の中を思い思いの姿勢で徘徊している姿も見えるのです。

この透明アクリル板製の立方体をVR-HMD越しに見ると、このVR体験イベントのスポンサー企業「ほけんの窓口」のロゴが全面に描かれた立方体オブジェクトに見える。これに全員が触れ終わると、タイムスリップへ

この立方体オブジェクト、ある程度は雑に扱われてもマーカー外れたりしないように、モーショントラッキング用マーカーが内壁に仕込まれているのがポイント。

CG化されたVR体験者たちの見映えは、アンドロイド(ロボット)のような簡略化された見映えではありますが、先ほど取り付けた両手両足の動きはVR体験者の生身の人間の動きなので意外とリアルに見えます。

最後に被ったVR-HMDにもマーカーが取り付けられているので、VR体験者たちの頭部の動きもちゃんと反映され、自分以外のVR体験者がどこを向いているのかもわかるのです。

ふと自分も首を下げてみれば、CG化されたアンドロイド風な自分の両手両足が視界内に見えていることに気が付くことでしょう。

参加者同士でハイタッチ。VR世界では自分を含め、参加者全員がアンドロイドっぽい見映えになった状態でハイタッチしている様が展開する。当然、手と手が当たったときには“生の触感”に続き、パチンという“生音”も鳴る

なんというか、これまでの普通のVRのような「CG世界の中を見渡せる」だけでなく、5人の仲間とともに「CG世界の中に身体ごと転送されてしまった」という感じの、一歩進んだVR体験であることを最初から実感できます。

その後、進行役のアナウンスで「近くの人とハイタッチをしてみましょう」と促されます。

このアナウンスの結果、アンドロイドのようなCG化されたVR体験者がおのおの、小さくバンザイをしたような格好をしだします。

そこで、実際に近場にいる誰かの手を目掛けて自分の手を押し出すと、CGの手と手が衝突した瞬間に実際に生身の手の触感も伝わってきます。

体験の様子(その1)。自分も、自分以外の参加者も、アンドロイドのようなキャラクターになってVR空間に存在している

よく考えればそれも当然ですよね。実在するその場にいる人と本当にただハイタッチをしただけなのですから。

しかし、現実世界で起きていることがVR空間の作り物の世界で完全にシンクロして見え、しかもその触感だけは現実そのもの……という「現実と虚構の入り交じった体験」は、実に新感覚なのでした。

「世界の共有」と「体験の共感」

その後、6人のVR体験者たちが居た待機ルームはエレベータへと変身、上昇を開始します。もちろん、現実世界では床は微塵も動いていません。VR世界での演出です。

昨年のレポートでも同様の演出があったことをお伝えしましたが、現実世界では平面移動しかしていないのに、VR体験上では立体的にも移動しているという感覚は、ネタや仕組みが分かっていても驚かされてしまいます。

その後、6,500万年前にタイムスリップし、恐竜たちが棲息する巨大なジャングルを探検するシーンへと移行。

その際には、実際にワイヤレスVRの醍醐味を生かし、ある程度の自由度を持って恐竜世界を歩き回ることになります。

体験中の筆者。空へ上昇しているシーンだろうか、多くの参加者が上を見ている

VR体験者たちには鬱蒼とした大樹林世界を歩き回っているように見えていますが、実際にはただの「がらんどうの部屋」を歩き回っているだけです。

しかし自分の手足、そして同時参加している他者の姿も確認しながら(手をつなぎながらでも)歩き回れるABALシステムでは、「他者とVR空間を“共有”している」という感覚が一般的なVR体験よりも格段に強いこともあって、「その世界が本当にあるのかも」という“共感”を作り出せているように思えました。

体験の様子(その2)。太古の恐竜世界を同時多人数で探検できるのが「ABAL:DINOSAUR」の魅力。参加中、友だちや家族、恋人と手をつなぎながら散策すると共感度が高まるかも?

ラストの壮大な天体ショーと恐竜が共演するクライマックスの感動が大きいのも、この「世界の共有」と「体験の共感」をVRにもたらしたことが大きいように思えましたね。

ABALは、VR(Virtual Reality:仮想現実)とはひと味違う、VS(Virtual Sympathy:仮想共感)を目指しているのかも? ……体験を終えてそう思ってしまいました。

同時多人数、みんなで見る天文ショー。ABALは、VR(Virtual Reality:仮想現実)とはひと味違うVS(Virtual Sympathy:仮想共感)を目指している?

ABAL:DINOSAURのシステム概説

さて、この「ABAL:DINOSAUR」ではVR-HMDとして「Oculus Rift」でも「HTC VIVE」でもなく、サムスンの「Galaxy Gear VR」を採用していました。これには少々驚かされますよね。

同時多人数のVR体験を実現するにあたり、VR-HMDのワイヤレス化は必須事項となったそうで、これを実現するにあたって軽量化にこだわったそうです。

結果、この連載でも何度か紹介した背負うタイプのリュック型PCでも重い、という判断となり、VR-HMDにホストコンピュータを内蔵させるタイプを採択することになったようです。

いくつか選択肢はあったようなのですが、結局、ハイスペックなGPUを搭載するスマートフォンの「Galaxy S8」ベースのGear VRを選択したというのです。

VR-HMDは、Galaxy S8を搭載したGear VRにモーショントラッキング用マーカーを取り付けたもの

とはいえ「今回がそうだった」というだけだそうです。今後、Windows Mixed Reality対応のいろんな端末が出てくれば、そちらが採用されることもあるかもしれません。

ABAL社ではコンテンツに応じて最適なVR-HMDを採択していく方針のようですからね。

実際に体験した映像の一部。この恐竜ツアーコンテンツは内製によるもので、ゲームエンジンUnityによって制作されたとのこと。グラフィックスはなかなかのクオリティ

ただ、スマホベースのGear VR単体では、体験者たちの位置は把握できません。

それを実現するために、CG制作で使われるプロ仕様のVICON製モーションキャプチャーシステム「Vero」を採用したそうです。

このVeroがGear VRのほか、両手両足に取り付けられた光学マーカーを認識・追跡して各参加者の頭部(VR-HMD)や手足の位置を把握します。

そして、その情報はこのVR世界を管理しているサーバー的なコンピュータ上に反映されることになります。

VICON製モーションキャプチャーシステム「Vero」にて、参加者の手足や頭部の動き、位置をトラッキングしている

このサーバー上で管理されている「全参加者の頭部手足の位置情報」は、無線LAN経由で参加者全員のGearVR側に伝送され、この情報を元に各参加者のGearVRで実行されているVRクライアントアプリが、参加者それぞれのVR-HMD上にVR映像を作り出します。

VICON製のVeroのモーショントラッキング用カメラは、タイムスリップをするまでのブリーフィングルームで14個、恐竜ツアー本編ルームでは18個が設置されているとのことです。

体験スペースの裏にある詰め所にサーバーがあり、全参加者の情報を集約統合している

また、ブリーフィングルームでの体験約5分と恐竜ツアー本編ルームでの体験約10分は完全並列動作しており、両者はオーバーラップ実行できるようになっています。

つまり、ブリーフィングをしている間に、先のグループは先行して恐竜ツアー本編の体験が行えるのです。回転率を上げるための、地味ながらもとても優秀な工夫といえるでしょう。

サウンドはバーチャルではなくリアルで再生!?

昨年のABALシステムの試作版を紹介したときにも触れましたが、ABALシステムでは、あえてヘッドフォンをさせないことにこだわっていて、体験中は参加者同士が肉声で話し、自身の耳でその声を聞くことができるようになっています。

では、VR世界側のサウンドはどこから再生されるのかといえば、実体として場内に設置されているスピーカーから鳴ります。いわゆる立体音響(サラウンドサウンド)システムを採用しているのです。

全員が同じ仮想世界にいるならば、おのおのにヘッドフォンを着けさせてバーチャルな立体音響を聞かせるよりは、生の耳で本当の立体音響を聞かせよう、というスタンスなのです。

そうです。ヘッドフォンをしていないからこそ、体験者は各々に肉声での会話もできるわけですね。

参加者のヘッドフォン装着は「あえてなし」。リアルスピーカーによるサラウンドサウンドを採用。これにより参加中、参加者同士肉声での会話が可能

ちなみに、ブリーフィングルームは1CHモノラルサウンドで、恐竜ツアー本編ルームは6.1CHサラウンドシステムになっているとのこと。

これは、今回のVRコンテンツを動かしているゲームエンジンのUNITYのサウンドシステムが7.1CHサウンドまでの対応となっているためです。

つまり、7.1CHシステムを1CH(ブリーフィングルーム)+6.1CH(恐竜ツアー本編ルーム)と振り分けたというわけです。

おわりに

このABALシステムでは、もう1つ、注目すべき技術ポイントがあります。

それは、体験者が「とても広大な空間移動をした錯覚を起こしながら、VR体験を楽しんでいる」ところです。

6人の体験者が「ABAL:DINOSAUR」体験中に歩き回るメイン会場の部屋は、高々一辺が6メートル強の広さで、それほど広いという感じではありません。

しかし、体験したほとんどの人が、もっと広大な空間をさまよった気がしてしまっています。

実際には同一平面上(同一室内)での体験なのだが、バーチャルな上下移動演出が伴うことで、とても広大な空間を探検した気持ちになる

こうした体験は「Redirected Walking」効果と呼ばれていて、昨今の「歩き回れるVR体験」では、とても重要な演出要素として考えられています。

今回はここまでですが、いずれ機会をあらためて、この「Redirected Walking」効果の話題もお届けできれば、と思っています。

崩れる端を渡るときには、わざと足下にやわらかい足場が置かれるため、簡易的な「足元がグラグラする」体験をすることに。これも「Redirected Walking」効果を引き出すための隠し味になっていそう

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