「ABAL:DINOSAUR」に採用されていたワイヤレスVR-HMDはスマホベースの「Galaxy Gear VR」だった!?
この連載の第24回にて、同時多人数参加型のVRシステムについて、いろいろと紹介したことがありました。
この中で、「ABAL」の試作体験システムをプレイしてきたことを報告しましたが、「ABAL:DINOSAUR」はまさに、その「ABAL」の正式サービス版の第1弾コンテンツだったのです。
仮想世界で他人と触れ合える驚き
「ABAL:DINOSAUR」は最大6人同時に体験できる設計で、来場者はVR-HMDを被る前に、両手と両足にモーショントラッキング用のマーカーユニットを取り付けることになります。
取り付け部分はマジックテープ付きの伸縮素材のバンドで出来ていて、簡単に取り付けられますが、両手両足に取り付けるのでそれなりの時間は掛かります。
このモーショントラッキング用マーカーを取り付けてから、ワイヤレス仕様のVR-HMDを被ることになるのですが、被った直後からちょっとした驚きが待っています。
というのも、自分が今さっきまでモーショントラッキング用マーカーを取り付けていた待機室そのものが、CG再現された情景として目の前に広がっているからです。
しかも、自分以外の5人のVR体験者はCG化されて見えていて、このCG再現された待機室の中を思い思いの姿勢で徘徊している姿も見えるのです。
この立方体オブジェクト、ある程度は雑に扱われてもマーカー外れたりしないように、モーショントラッキング用マーカーが内壁に仕込まれているのがポイント。
CG化されたVR体験者たちの見映えは、アンドロイド(ロボット)のような簡略化された見映えではありますが、先ほど取り付けた両手両足の動きはVR体験者の生身の人間の動きなので意外とリアルに見えます。
最後に被ったVR-HMDにもマーカーが取り付けられているので、VR体験者たちの頭部の動きもちゃんと反映され、自分以外のVR体験者がどこを向いているのかもわかるのです。
ふと自分も首を下げてみれば、CG化されたアンドロイド風な自分の両手両足が視界内に見えていることに気が付くことでしょう。
なんというか、これまでの普通のVRのような「CG世界の中を見渡せる」だけでなく、5人の仲間とともに「CG世界の中に身体ごと転送されてしまった」という感じの、一歩進んだVR体験であることを最初から実感できます。
その後、進行役のアナウンスで「近くの人とハイタッチをしてみましょう」と促されます。
このアナウンスの結果、アンドロイドのようなCG化されたVR体験者がおのおの、小さくバンザイをしたような格好をしだします。
そこで、実際に近場にいる誰かの手を目掛けて自分の手を押し出すと、CGの手と手が衝突した瞬間に実際に生身の手の触感も伝わってきます。
よく考えればそれも当然ですよね。実在するその場にいる人と本当にただハイタッチをしただけなのですから。
しかし、現実世界で起きていることがVR空間の作り物の世界で完全にシンクロして見え、しかもその触感だけは現実そのもの……という「現実と虚構の入り交じった体験」は、実に新感覚なのでした。
「世界の共有」と「体験の共感」
その後、6人のVR体験者たちが居た待機ルームはエレベータへと変身、上昇を開始します。もちろん、現実世界では床は微塵も動いていません。VR世界での演出です。
昨年のレポートでも同様の演出があったことをお伝えしましたが、現実世界では平面移動しかしていないのに、VR体験上では立体的にも移動しているという感覚は、ネタや仕組みが分かっていても驚かされてしまいます。
その後、6,500万年前にタイムスリップし、恐竜たちが棲息する巨大なジャングルを探検するシーンへと移行。
その際には、実際にワイヤレスVRの醍醐味を生かし、ある程度の自由度を持って恐竜世界を歩き回ることになります。
VR体験者たちには鬱蒼とした大樹林世界を歩き回っているように見えていますが、実際にはただの「がらんどうの部屋」を歩き回っているだけです。
しかし自分の手足、そして同時参加している他者の姿も確認しながら(手をつなぎながらでも)歩き回れるABALシステムでは、「他者とVR空間を“共有”している」という感覚が一般的なVR体験よりも格段に強いこともあって、「その世界が本当にあるのかも」という“共感”を作り出せているように思えました。
ラストの壮大な天体ショーと恐竜が共演するクライマックスの感動が大きいのも、この「世界の共有」と「体験の共感」をVRにもたらしたことが大きいように思えましたね。
ABALは、VR(Virtual Reality:仮想現実)とはひと味違う、VS(Virtual Sympathy:仮想共感)を目指しているのかも? ……体験を終えてそう思ってしまいました。
ABAL:DINOSAURのシステム概説
さて、この「ABAL:DINOSAUR」ではVR-HMDとして「Oculus Rift」でも「HTC VIVE」でもなく、サムスンの「Galaxy Gear VR」を採用していました。これには少々驚かされますよね。
同時多人数のVR体験を実現するにあたり、VR-HMDのワイヤレス化は必須事項となったそうで、これを実現するにあたって軽量化にこだわったそうです。
結果、この連載でも何度か紹介した背負うタイプのリュック型PCでも重い、という判断となり、VR-HMDにホストコンピュータを内蔵させるタイプを採択することになったようです。
いくつか選択肢はあったようなのですが、結局、ハイスペックなGPUを搭載するスマートフォンの「Galaxy S8」ベースのGear VRを選択したというのです。
とはいえ「今回がそうだった」というだけだそうです。今後、Windows Mixed Reality対応のいろんな端末が出てくれば、そちらが採用されることもあるかもしれません。
ABAL社ではコンテンツに応じて最適なVR-HMDを採択していく方針のようですからね。
ただ、スマホベースのGear VR単体では、体験者たちの位置は把握できません。
それを実現するために、CG制作で使われるプロ仕様のVICON製モーションキャプチャーシステム「Vero」を採用したそうです。
このVeroがGear VRのほか、両手両足に取り付けられた光学マーカーを認識・追跡して各参加者の頭部(VR-HMD)や手足の位置を把握します。
そして、その情報はこのVR世界を管理しているサーバー的なコンピュータ上に反映されることになります。
このサーバー上で管理されている「全参加者の頭部手足の位置情報」は、無線LAN経由で参加者全員のGearVR側に伝送され、この情報を元に各参加者のGearVRで実行されているVRクライアントアプリが、参加者それぞれのVR-HMD上にVR映像を作り出します。
VICON製のVeroのモーショントラッキング用カメラは、タイムスリップをするまでのブリーフィングルームで14個、恐竜ツアー本編ルームでは18個が設置されているとのことです。
また、ブリーフィングルームでの体験約5分と恐竜ツアー本編ルームでの体験約10分は完全並列動作しており、両者はオーバーラップ実行できるようになっています。
つまり、ブリーフィングをしている間に、先のグループは先行して恐竜ツアー本編の体験が行えるのです。回転率を上げるための、地味ながらもとても優秀な工夫といえるでしょう。
サウンドはバーチャルではなくリアルで再生!?
昨年のABALシステムの試作版を紹介したときにも触れましたが、ABALシステムでは、あえてヘッドフォンをさせないことにこだわっていて、体験中は参加者同士が肉声で話し、自身の耳でその声を聞くことができるようになっています。
では、VR世界側のサウンドはどこから再生されるのかといえば、実体として場内に設置されているスピーカーから鳴ります。いわゆる立体音響(サラウンドサウンド)システムを採用しているのです。
全員が同じ仮想世界にいるならば、おのおのにヘッドフォンを着けさせてバーチャルな立体音響を聞かせるよりは、生の耳で本当の立体音響を聞かせよう、というスタンスなのです。
そうです。ヘッドフォンをしていないからこそ、体験者は各々に肉声での会話もできるわけですね。
ちなみに、ブリーフィングルームは1CHモノラルサウンドで、恐竜ツアー本編ルームは6.1CHサラウンドシステムになっているとのこと。
これは、今回のVRコンテンツを動かしているゲームエンジンのUNITYのサウンドシステムが7.1CHサウンドまでの対応となっているためです。
つまり、7.1CHシステムを1CH(ブリーフィングルーム)+6.1CH(恐竜ツアー本編ルーム)と振り分けたというわけです。
おわりに
このABALシステムでは、もう1つ、注目すべき技術ポイントがあります。
それは、体験者が「とても広大な空間移動をした錯覚を起こしながら、VR体験を楽しんでいる」ところです。
6人の体験者が「ABAL:DINOSAUR」体験中に歩き回るメイン会場の部屋は、高々一辺が6メートル強の広さで、それほど広いという感じではありません。
しかし、体験したほとんどの人が、もっと広大な空間をさまよった気がしてしまっています。
こうした体験は「Redirected Walking」効果と呼ばれていて、昨今の「歩き回れるVR体験」では、とても重要な演出要素として考えられています。
今回はここまでですが、いずれ機会をあらためて、この「Redirected Walking」効果の話題もお届けできれば、と思っています。
(C) ABAL All Rights Reserved.