五冠王への野望の経過
第57回のゲストは、数々のヒットを生み出してきたゲーム界のヒットメーカー、岡本吉起氏。
昨年、10月に行われた第54回に続く、2回目の出演となった。
まず、最初の話題は、岡本氏の今後の展望について。
アーケード、家庭用、スマホでヒットを生み出してきた岡本氏だが、次なる目標として「ギャンブル」「エロゲー」の2つでヒットを生み出すことを考えているという。
かねてからこの2つの分野について、「ゲームクリエイターが本気で挑んだら、自分がドキドキするような化学反応が起こるのではないか」という考えがあった岡本氏。
ソーシャルゲームバブルの時代、家庭用ゲームで活躍した有名クリエイターのなかで、スマホゲームの開発も行おうという人は、ほとんどいなかった。
そのような状況のなかで、岡本氏は家庭用やアーケードで、ゲームを作ってきた人間の本気を見せるという意気込みで、スマホゲームへの挑戦を決めたという。
そして、エンターテインメントのプロとして、ユーザーを夢中にさせるノウハウを、次は「ギャンブル」と「アダルト」で発揮することを目指している。
黒川氏から、その具体的な構想を問われた岡本氏は、ギャンブルでは、パチンコやスロットのような遊技機ではなく、オンラインカジノのような大規模なものを考えていると明かす。
しかし、ギャンブル業界に参入するにあたって法律への勉強は欠かせない。
さらに、業界全体の自主規制は、岡本氏が想像していたよりも厳しく、なかなか思っていたとおりにはいかない状況。
オリジナルへの強いこだわり
ギャンブルの構想について、黒川氏はIP(知的財産)の使用について質問。
現在のパチンコ・スロットの遊技機は、『バジリスク~甲賀忍法帖~』『北斗の拳』『モンスターハンター』など、アニメやゲームのIPを使用したものが多い。
それに対して、岡本氏は「オリジナルにこだわりたい。自分たちが作ったオリジナルのIPを立てられなければ挑戦する意味はない」と意気込む。
オリジナル作品のほか、人気漫画『キングダム』のスマホゲーム化として『キングダム 乱 -天下統一への道-』をリリース予定の氏は、オリジナル・IPの両方の経験から、「IPに頼れば、簡単にヒットするとは必ずしも言えない」と安易なIPの使用について警鐘を鳴らす。
まず、氏はIPを使ったタイトルのメリットとして、「ストーリーや設定の説明をあらかじめユーザーが知っていてくれる」という点をあげる。
そのため、ストーリーや設定の説明など、ゲームを始める前に勉強するコストを大幅に削減し、ゲームの中身に集中させられ、さらに複雑な要素を組み込みやすい余地がある。
また、作品にふれるIPのファンには「このロボットのパイロットになりたい!」「憧れのヒーローといっしょに戦ってみたい」といった夢があり、それを叶えられるという魅力もある。
しかし、一方でIPには原作者をはじめ関係者が多数いるため、少し作るたびに監修によるチェックを受けなければならず、フットワークを軽くした開発ができないというデメリットも存在する。
IPを利用したタイトルを開発する場合、これらのメリット・デメリットを理解し、監修の目をくぐり抜けて、おもしろいものにチャレンジすることが肝要だ。
アダルトはさらに険しい道
次にエロゲーについて聞かれ、ユーザーの心を踊らせる体験を提供するため勉強している最中と話す岡本氏。
それでも、岡本氏のなかではコンセプトはできあがりつつある。
「ただの男性の欲求を満たすゲームではなく、恋愛における心のときめきや、男性・女性両方にとって健全で正しい『性』の知識が身につくものにしたい」と話す。
もともと、「自分の作品が世に出た時に、どのように世間に影響を与えるか」を考え、そこから逆算するようにゲームを作ってきた岡本氏。
『ストリートファイターII』を例にすれば、「普段、家でひとりでゲームを遊んでいる子どもたちが、ゲームセンターに遊びに行って、知らない人のプレイに乱入対戦して、いっしょに遊ぶ姿」をイメージして作り出したという。
エロゲーについても、日本人の性への意識を変え、世界中から日本人が注目されるようになるのが理想だと語る。
日本のゲーム産業の今後について
続いて、黒川氏は、日欧米のゲーム市場の規模について、岡本氏の意見を求める。
「2016年の米欧日の家庭用ゲームソフト市場は5:4:1」になっているという西田宗千佳氏(※)の言葉が、話題となっていることを受けての質問だ。
※西田宗千佳氏:パソコン、デジタルAV、家電、ネットワーク関連に精通するフリージャーナリスト
件の話題については、あまり詳しくないという岡本氏は、「日本の市場が言われてしまうのは、自分たち開発者の責任もある」と前置きをするも、そのデータについて「だから、どうした?」と話す。
そもそも、データの比率について、比較対象が誤っていると指摘する。「北米、欧州と比較するなら日本ではなく、アジアで算出すべきだろう」と岡本氏は話す。
また、氏は過去に日本のゲーム市場が世界に先駆けてシェアを獲得した理由として、欧米にゲームが浸透する前に、いち早く日本でゲームが受け入れられたことをあげる。
しかし、現在では欧米の人々にもゲームは広く浸透した。そのため、人口の規模から、先の比率になるのは仕方がない。
筆者も、日本のゲームシーンの環境やユーザーの嗜好が、欧米と異なることもあり、比率の数字だけが一人歩きをしている現状には疑問を抱いていた。
岡本氏が話すように、欧米でゲームという娯楽が広く浸透した現在、日本のゲームがどのような道を行くのかは、今後も注目していきたい。
無課金は敗者の理屈
しかし、先の家庭用ゲーム機の市場の数値について、「日本の家庭用ゲーム機の市場はスマホゲームの課金に押されている」と岡本氏は語る。
氏が「ゲーム嫌い」を公言しながらも、さまざまなゲームを遊び、研究することに余念がないというのは、以前の黒川塾でも語られた。
そんな岡本氏はスマホゲームの重課金のユーザー心理についても研究を重ねている。
ゲームの課金システムについて岡本氏は「『課金をしたら負け』と無課金を誇る人がいるが、あえて『課金をしないのが負け』と言いたい」と暴露。
時間短縮のタイプの課金で顕著な例であるが、スマホゲームにおいて課金をしない人は、課金している人と比べて、そのゲームで成長するのに時間がかかってしまう。
「お金は自分で稼いだり、他の部分を節約したりすることで補填できるが、時間は何物にも変えることはできない」と岡本氏は話す。
確かに、無課金でだらだらと長時間プレイするよりも、アルバイトをしたり、ゲーム以外の部分で節約をしたりして捻出したお金で、課金要素を活用して短時間で効率よく進める方が、よりゲームを楽しめているといえる。
多くの専門学校で講義を行う岡本氏は、自身が教えている学生のなかにゲームに課金をしない人や、最新のゲームハードを所持していない人がいるという。
そのような現状を嘆きつつも、ゲームクリエイターを目指すならば、そのための投資を惜しまないでほしいという後進への思いが語られた。
さらに氏は、強さによってユーザーをクラス分けするマッチングシステムに疑問を投げかける。
スマホゲームでは、課金をしてくれるユーザーが少なくなると運営が立ちいかなくなってしまう。
せっかく課金をして、強くなったというのに、同じような強さの相手としか戦えないのであれば、その効果を実感しにくい。
そのため、強くなったユーザーが自身の強さを実感するために、あえてゲームバランスを崩し、ミスマッチを起こすことで、課金の恩恵や爽快感をより強く体験してもらう必要がある。
そのうえで、ユーザー自身に「弱いものいじめをしても、旨味はない」と気づかせて、自主的に強さに見合った相手に挑むように導くのが開発者の腕の見せ所なのだ。
次世代のクリエイターの育成
そして、最後に黒川氏は岡本氏に部下や後輩の育成方法を質問。
カプコンの開発部長時代から現在に至るまで、岡本氏の元にいた有名ゲームクリエイターは多い。
そんな個性的なクリエイターたちを率いてきた岡本氏の人材育成の秘訣は、ずばり「良いところしか見ない」ということだという。
ゲームクリエイターというのは、とがった性質の人が多く、抜きん出た才能を持つ反面、欠点も多く抱えている。
しかし、「減点法での評価では、天才は育たない」と、岡本氏は弱点ではなく、長所を伸ばすように心がけてきた。
そんな、岡本氏が、昨年11月に立ち上げたのが、日本ゲーム文化振興財団。
これまで、こども食堂など、さまざまな寄付活動を行ってきた岡本氏だが、「無作為に全体に寄付活動を行うだけではなく、才能のある若者を支援する活動も行いたい」という思いから立ち上げた。
これは、35歳以下のゲームクリエイターから、ゲームのアイデアを公募し、そのなかから「これは!」と思うアイデアに開発資金を提供する団体。
近く助成の第1弾が発表される予定とのことで、どのようなアイデアからプロジェクトが動き出すのか、楽しみに待ちたい。