【黒川塾54】“ゲーム業界の三冠王”岡本吉起の素顔

2017年10月19日(木)、黒川塾54が開催された。今回はゲストにカプコンの開発本部長を務めたほか、『モンスターストライク』の開発者のひとりとしても知られる岡本吉起氏。かつて、ゲームリパブリックにて岡本氏を仰ぎ見てきた筆者の視点も交えて、ヒットメーカーの素顔に迫る。

日本のゲームシーンをリードしてきた男の繊細で理知的な一面

今回の黒川塾のゲストは、ヒットメーカーとして知られる岡本吉起氏。

新入社員として入社したコナミで上司の命令を無視して独断で『タイムパイロット』を開発しヒット。

カプコンでは開発本部長として『ストリートファイターII』や『バイオハザード』などの名作を手掛けたほか、近年『モンスターストライク』の開発に携わったことでも知られるゲーム業界屈指の立志伝中の人物といえる。

氏が設立したゲームリパブリックからゲーム業界に入ったこと筆者にとっても、岡本吉起という人物は、人生に大きな影響を与えた人物でもある。

トークのなかで語られた氏の半生や、ゲーム開発・運営における理論について、かつて新米プランナーとして岡本氏を見ていた筆者の思い出も交えて振り返りたい。

主催の黒川文雄氏。セガエンタープライゼス(現在のセガ)、デジキューブ、ブシロードなど、さまざまな企業でエンタメに関する流通や広告、企画開発、運営など、多岐にわたって活躍。あらゆるエンタメジャンルに精通したメディアコンテンツ研究家

ゲストの岡本吉起氏。カプコンの開発本部長として『ストリートファイターII』や『バイオハザード』などをヒットさせたほか、『モンスターストライク』の開発者のひとりでもある。現在は、オカキチの代表取締役を務める

岡本吉起がゲーム嫌いと語る理由

まず、岡本氏についてまわる多くの誤解について話していきたい。

岡本氏は、講演やトークショーなどでの気の良い発言や人当たりの良い風貌から社交性がある人だと思われがちだが、かなり理論的で繊細な人物である。

それは、黒川氏から少年時代について聞かれ「モノには興味があるが、ヒトには興味がない子どもだった」と語る部分にも表れている。

少年時代の岡本氏は、セミ取りなどに明け暮れ、いかにセミを多く捕まえるかなど、ハマったものを極めようという志向が強かったという。

現在の巧みな話術についても、モノポリーのようなボードゲームに夢中になったときに、ゲームを有利に進めるために身に着けた社交性の賜物だという。

そして、岡本氏についている風聞で大きいものが「ゲーム嫌いを公言している」という点。

「実際、ゲームは好きなんですか?」と鋭いツッコミを入れる黒川氏。対する岡本氏は小声で「正直、それほど好きではない」と答えるがそれには大きな理由がある

また、岡本氏はとてつもない凝り性である一面をもつ。この性分から、一度ハマってしまうと、究極まで遊びこんでしまい、誰にもついていけない域を目指してしまう傾向がある。

そのため、自身の開発タイトルを一部のトッププレイヤーしか楽しめないタイトルにしてしまわないように、あえてゲームとは距離をとっているのだ。

だが、岡本氏ほど広くゲームを遊びこんでリサーチをしている人を、筆者は見たことがない。

特に、現行のゲームをプレイして、その弱点を見抜く能力においては日本一なのではないかと思うほどだ。

かつて、新米プランナーであった筆者に対して「ナンバー2を目指せ」と言った氏の言葉は忘れられない。

これは、すでにヒットしているタイトルをプレイし、そのタイトルの優れている点と問題点を調べ上げ、いい点を吸収し、問題点を改善し、ナンバー1を超える強力なナンバー2を生み出せるようになれという教えである。

実際、かつて岡本氏が、スタッフにおすすめしていたゲームは後になって大ヒットするものが多く、当時の筆者は氏の広く深いリサーチに感動を覚えたものだった。

年棒5,000万のオファーを蹴ってカプコンへ

続いての話題はゲーム業界に入ったのちの話に。

倍率40倍以上の難関だった採用面接を乗り越え、イラストレーターとしてコナミに入社した岡本氏。

当時の岡本氏のエピソードとして、自動車教習所用のシミュレーターを作れという上司の命令を無視して、シューティングゲーム『タイムパイロット』を作ってヒットさせた話が知られている。

「最初は車のデザインを少し変えるところから始まって、気が付いたら車が飛行機になり、弾を発射するようになっていた」と当時を振り返る。

その後、コナミを退社した岡本氏。『タイムパイロット』『ジャイラス』のヒットにより、氏のもとには外資系メーカーから年棒5,000万円のオファーもあったという。

しかし、当時22歳の若者に対して「開発はすべて君に任せる」と言ってくれたカプコンの辻本憲三氏の言葉に心を動かされ、カプコンへの入社を決意する。

しかしそのとき、岡本氏はカプコンに開発チームがないことをまだ知らなかった。

「僕が入社していなかったら、カプコンはゲームを作っていなかった」と岡本氏

その後、カプコンでは開発の責任者として、『ストリートファイターII』や『バイオハザード』など、80~90年代の名作の数々を手掛けたのち、独立を果たす。

ゲームリパブリック活動停止と17億の借金

カプコンから独立した岡本氏は、開発会社であるゲームリパブリックを設立する。

しかし、ゲームリパブリックの売り上げはそれほど伸びず、資金繰りに行き詰まり活動停止という状態になってしまう。

トークショーではそこまで触れられることがなかった部分ではあるが、ゲームリパブリックに新入社員として入社した筆者の視点で当時を振り返りたい。

ゲームリパブリックは、岡本氏の人脈でそうそうたるメンバーが集まる開発会社であり、日本のデベロッパーではトップクラスの規模を誇る会社であった。

子どものころから遊んできたゲームにかかわってきた開発者たちに囲まれる環境に、筆者も興奮したのを覚えている。

しかし、2000年代はゲーム産業にとって大きな転換点となっていた時代でもあった。

家庭用ゲーム機ソフトの高騰する開発費は、メーカーにとって、ゲームがヒットしなければ大赤字というギャンブルを強いられる状態。

その一方で、モバゲータウンやGREEなどのソーシャルゲームが急成長。家庭用ゲーム機の売り上げは落ち込んでいく状態であった。

そんな中でハイエンドな家庭用ゲーム開発にこだわったゲームリパブリックは、大きなリスクを背負い続けてきた。

さらに、2008年におこったリーマンショックの影響で、海外のパブリッシャーからの開発費の入金が途絶えるなど不運も重なる。

新米である筆者の周囲にも薄々危機感は広がっていたが、ついに資金繰りが行き詰まり給料の支給もストップ。事態の深刻さを目の当たりにさせられたという状況だった。

このような状況下において、一部の社員の怒りの矛先が向かったのは社長である岡本氏だった。

給料の遅配が発表されたそのとき、岡本氏は休暇中だったということも、社員の怒りをさらに大きくした。当時、筆者も岡本氏の自宅に突撃しないかという誘いを受けたこともあった。

さらに、どこから漏れたのかWebニュースメディアで社内の混乱が取り上げられると、誤解を招きやすい岡本氏のキャラクターからWeb上でも大炎上。

社員やユーザーから非難の的となってしまった岡本氏は心を病んでしまい、表舞台から一度姿を消すことに。

起死回生となった『モンスト』のヒットの秘密

そんな最悪な状況下でも、岡本氏の中に宿る闘志は燃え尽きていなかった。17億という負債は銀行からも破産を勧められるほどだったが「絶対に返します」と答え続けていたという。

どこかのメーカーに入るという選択もあったが、自宅にこもって段ボールを切ってボードゲームを作っている氏の姿を見て、連絡も途絶えてしまった。

「どこかの企業に入ってしまったら、17億円を返済することはできない。それならボードゲームでヒットを狙う方が可能性がある」と岡本氏はそのときの心境を振り返る。

そして、岡本氏の起死回生となったのは『モンスターストライク』(以下、モンスト)。

このヒットの裏側には、雌伏の期間にソーシャルゲームを徹底的に研究した岡本氏の理論がひと役を買っている。

岡本氏は『モンスト』の開発に当たって、これまでのゲーム開発で培ったゲームの面白さが重要だと肌で感じ取っていた。

『モンスト』をユーザーから長く愛されるタイトルにするため、開発元のミクシィの関係者と考えに考え抜いたという

子どもたちの将来を借りている

最後に、黒川氏は、岡本氏がオカキチで行っている寄付活動について紹介した。

岡本氏は、現在、貧困で食事をとれない子どもたちに食事を提供する「こども食堂ネットワーク」に寄付を行っている

この活動について岡本氏は「自分たちは、子どもたちが将来大人になって引き継ぐはずの日本を借りているという認識がある」と話す。

そのため、「子どもたちにいつかは返さないといけない。そして、子どもたちをバックアップするのが自分の仕事だと感じている」と話す。

そして、最後に「こども食堂では子どもたちに『ガチャ引け』と言っているんですけどね」と照れ隠しの言葉でトークショーをしめた。

ゲームリパブリックで給料が止まって極貧を経験した筆者だが、氏の下で働けたことは現在は大きな財産になっている。だから、恨んだりはしていませんよ!

岡本氏に限らず、ヒットメーカーとは、華やかな一面ばかりが取り上げられがちだが、その影には不断の努力や研究が裏打ちされている。

2018年には岡本氏が開発にかかわった「Project OK」こと『キングダム 乱 -天下統一への道-』が配信予定。

こちらにも氏のメソッドがどのように生かされるのか注目して待ちたい。