『シャドウバース』が導入するモバイルTCGのAIの仕組み【CEDEC2016】

TCGで多数のはカードが存在し、デッキごとに変化する多彩な戦術を使いこなすことが求められるため、高度なAIを求められる印象がある。CEDECにて行われた『Shadowverse』(以下、シャドウバース)のAIの活用事例のセッションでは、TCGにおけるAIの設計と運用について語られた。

変化が宿命のTCGで運用されるAIとは

今回のセッションでは「ShadowverseのゲームデザインにおけるAIの活用事例、 及び、モバイルTCGのための高速柔軟な思考エンジンについて」と題して、シャドウバースのAI設計の仕組みについて語られた。

登壇した佐藤勝彦氏は、CygamesでリサーチャーとしてAI開発に携わっている

シャドウバースにおけるAIの意義

シャドウバースは対人戦がメインのゲームであり、TCGは不確定な要素がかかわる上、常に変化を求められるジャンル。

また、オンラインタイトルである以上、定期的なイベントなどでNPCが登場するたびにAIを量産していかなければならない。

AI設計や構築にかかるコストは大きいものとなってしまうため、AI戦の機能をなすくという選択も開発段階では議題になっていたという。

しかし、それでもAIには欠かすことができない3つの大きな役割があると佐藤氏は話す。

  1. デッキ・プレイイングの例示、教唆
  2. デッキ調整の練習台
  3. プレイヤーのモチベーションを上げる感情演出

TCGにおいて、環境の変化は宿命。柔軟な対応がAIに求められる絶対要件となる

佐藤氏は9月下旬にリリース予定の第2弾カードパック「ダークネス・エボルヴ」のPVを紹介。今後も約4ヵ月ごスパンでの新しいパッケージのリリースを予定しているという

実例として、佐藤氏は序盤のAIの仕組みを紹介。

シャドウバースの特徴である進化のシステムを説明するために、不利な局面を進化で覆す展開に導くようにAIを設計しており、初めてゲームをプレイしたプレイヤーは、進化の使い方を体験として身に着けられる。

また、デッキ調整の練習台として、プレイヤーを相手するAIには対戦のシミュレーターとしての価値を損なわないため、ドロー操作や積み込みの処理は行っていないという。

これらの例からも、AIをプレイヤーのサポートとして有効に活用している工夫をうかがえる。

感情表現では、プレイヤーに勝負に手ごたえを感じてもらうため、有効な手に対して反応を返すようにされている

TCGプレイヤーがプレイヤー目線でカードを評価

続いて、話題はこれらのAIを構成するアーキテクチャの解説に。

佐藤氏によると、シャドウバースのAIは、シミュレーションベースとユーティリティベースの2つの構造で成り立っており、またデータベースによってカードを評価することでAIの個性分けを実現している。

また、カードのデータベースの評価は、セミプロのTCGプレイヤーが行っており、よりTCGプレイヤーの感性に近い判断を下せるようになっている。

シミュレーションベースの構造では、ルールベースの構造でメンテナンスしやすさを保ちながら、自然なTCGプレイヤーの思考を再現

ユーティリティーベースの構造では、カードの評価をAIにつけさせることで、AIのカードの好みを設定している

この2つのAI構造により、攻撃的な手をプレイしたがるAIから守備的な戦術を好むAIまで個性的なAIの量産が可能になったという。

ユーザーに気づかれずに手加減をするためには

TCGのAI開発で大きなネックとなるのは、難易度の調整。

AIは強すぎてもいけないし、難易度調整をする場合、露骨な手加減をしてしまうとプレイヤーの気持ちがなえてしまう。

ここで佐藤氏は経済学者ハーバート・サイモンの「人間の意思決定は限定合理性に基づく」という言葉を引用する。

TCGという不確定要素があるゲームにおいて、プレイヤーはその瞬間の最も合理的な手段を選択する。

しかし、ドローなどの不確定要素が多いTCGにおいて人間の記憶力は1ターン、セミプロクラスのプレイヤーでも2ターン前までしか記憶をさかのぼることはないため、直前1ターンまでの情報という限定的条件の中で合理性を求めていることになる。

人間は局面を判断するのに不必要な要素を除外して思考する。AIもプレイヤーと同じように限定された情報のなかで合理的な手をシミュレーションすることで高速化も実現した

そこで、シャドウバースでは、あえてターンをまたぐことでプレイヤーに違和感なく手加減するメカニズムを導入しているという。

効果をもたないカード(A)と、場に出されたときに先に場に出ているカードを強化するカード(B)の2枚を手札に持っている状況の場合、プレイヤーが取る行動は、2つのパターンが考えられる。

  • 先にAを場に出し、次にBを場に出す(Aが強化される)
  • 先にBを場に出し、次にAを場に出す(強化されない)

これを1ターンの間に行った場合は、後者は明らかに不自然な手となってしまいプレイヤーに違和感を与えてしまう。しかし、前者の場合、合理的な手であるように見えるが、AIが強くなりすぎてしまう。

そこで、ターンを挟むことで以下のような行動を取らせる。

  • 1ターン目にBを場に出し、ターンを終了。2ターン目にAを出す(強化されない)

この場合、プレイヤーはAIに手加減をされていても、その不自然な行動に気づきにくい。

佐藤氏による実例での解説。ターンが変わり間にカードドローを挟むことで、プレイヤーに気づかれずに難易度調整を可能にする

幾度にわたるテストプレイの繰り返し

講演の最後に佐藤氏はシャドウバースのAIでプレイヤー目線とデザイナー目線の両立が実現した背景を説明。

Cygamesでは、部署の垣根を超えて社内でゲームをプレイしやすい環境となっており、シャドウバースもプロジェクトスタートの段階から、アナログのカードゲームを作って、社内で繰り返しプレイを重ねてきたのだという。

アナログのカードでの対戦はリリース後の今でも健在で、開発チーム内でプレイされている

AIのテストもさまざまな立場の人からレスポンスを受けることで変化に強いAIの構築が実現した

常にトレンドの戦術が変化し続けるTCGのなかで、プレイヤーを楽しませるよう工夫が凝らされたシャドウバースのAI。対人戦だけでなく、AIとの対戦にも注目してプレイしてほしい。

CEDEC2016

  • 日程:2016年8月24日(水) ~ 8月26日(金)
  • 会場
    パシフィコ横浜 会議センター
  • 主催
    一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)
  • 共催
    日経BP社
  • 予定セッション:200
  • 後援
    経済産業省
    横浜市
    一般社団法人情報処理学会
    人工知能学会
    NPO法人 ソフトウェアテスト技術振興協会(ASTER)
    日本バーチャルリアリティ学会
  • 協賛
    <プラチナスポンサー>株式会社Cygames
    <ゴールドスポンサー>エピック・ゲームズ・ジャパン
    <シルバースポンサー>株式会社ディー・エヌ・エー、任天堂株式会社、株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント