【黒川塾52】森川幸人氏と三宅陽一郎氏に聞くゲームAIの歴史と未来

8月17日(木)、黒川塾52が開催された。今回のテーマは「誰にでもわかる ゲームAI(人工知能)の話」。第3次AIブームの真っ只中にある現在、「ゲームAI」にフォーカスを当て、これまでの歩みと今後の展望を語られた。

ゲーム人工知能の可能性と課題

今回の黒川塾は、エンターテイメント分野での現在の状況とその可能性、そして先に待ち構えている課題をテーマに開催された。

ゲストにはゲームAI研究者の三宅陽一郎氏、そして、8月16日(水)に日本初のゲームAIを専門とする会社モリカトロンを設立した森川幸人氏を迎え、ゲームAIの歴史と現状に関するトークが展開された。

黒川塾(五十二)ゲスト

  • 三宅陽一郎氏:ゲームAI研究者
  • 森川幸人氏:グラフィック・クリエイター/モリカトロン株式会社代表取締役

左から黒川氏、三宅氏、森川氏

ゲームAIのトップランナー森川幸人の歩み

今回ゲストの森川氏は、グラフィックデザイナーとして「ウゴウゴルーガ」などの番組制作に携わった後、ゲーム制作の世界に入る。

『がんばれ森川君2号』『アストロノーカ』など当時としてはめずらしいAIを使ったゲームを制作・プロデュースしてきた。

そして、今年8月16日に日本初のゲームメーカーに対し、ゲームAIを取り入れたゲームの開発・アドバイスを行う会社モリカトロンを立ち上げたばかり。

デザイナーとしてのセンスと、AIを組み合わせたユニークなゲームの数々で知られる森川氏。最初の話題は、そんな森川氏の作ってきたゲームを振り返ることに

森川氏が『がんばれ森川君2号』を作った発端は「やらなくてもいいゲームを作りたい」という考えからスタートした。

プレイヤーが、ゲーム内のキャラクターにステージのクリアの仕方を教えることで、キャラクターが勝手にクリアしてくれるゲームを作ろうと思い立ったのだ。

当時は、PlayStationが発売されたばかりということもあり、自由な発想のゲームが多く作られていた時代でもあった。

そして、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の協力を得て、『がんばれ森川君2号』(1997年)は発売された。

『がんばれ森川君2号』は、マップ上を移動するピットというキャラクターを教育していくALIFE(人工生命)ゲーム。オブジェクトの使い方を学習したピットは次第に、自分の力でマップを攻略していくようになる

この『がんばれ森川君2号』は「ニューラルネットワーク」という簡易な脳を搭載したゲームであった。

三宅氏によると、このニューラルネットワークを搭載した商業ゲームは、現在からゲーム史をさかのぼっても10前後しかない、とてもめずらしいものだった。

自身の名前がタイトルに使われたことについて「東京ゲームショウで初めて自分の名前が使われていると知った」と当時を振り返る。

タイトルは後から変えられるものだと思っていたら、それがそのまま正式タイトルになってしまったという。

ピットは行動の結果から、自分がどのような行動をとるべきかを学習していく仕組みになっている

現在は「放置ゲー」がジャンルとして確立しているが、20年前は「何時間でも遊び続けられる(プレイヤーがコントローラーを握り続けられる)」というボリュームが重視されていた。

そのため、ゲームそのものは売れたが、ユーザーの反応は「やることがない」というものだった。

そこで、森川氏は「もう少しエンターテイメントしよう」という反省をもって、プレイヤーが目的意識に持たせる『ここ掘れ!プッカ』(2000年)を開発する。

『ここ掘れ!プッカ』は、AIが搭載された採掘者「プッカ」が地中を掘って宇宙石と呼ばれる貴重な鉱石を集めるゲーム

ゲーム開始時、プッカは何が宇宙石で、何がガラクタなのか判別できないが、プレイヤーが教育することで、石を見分けられるようになっていく。

これもニューラルネットワークを搭載したゲームであり、プッカは鉱物をアイテムIDではなく、「白い」「細長い」など見た目で判別するようにできているという。

バックパックの容量は有限のため、鉱石とガラクタを見分けられるようにならないと、プッカはガラクタばかり持って帰ってくるようになってしまう

また一方で、森川氏は「夢の島ハエ問題」にも関心を持つ。

これは、東京都のゴミの埋め立て地である夢の島で大量発生したハエに対して、強力な殺虫剤を散布するも、殺虫剤に耐性を持つハエが出現。

さらに強い殺虫剤を散布するというのを繰り返すうちに殺虫剤が土壌汚染を引き起こした社会問題。

ここから着想を得て開発されたのが、『アストロノーカ』(1998年)。

『アストロノーカ』は、農家として宇宙一の野菜作りを目指す農業シミュレーションゲーム。野菜の育成・品種改良を行い、畑を荒らしに来る害獣バブーを撃退しながら、農家経営を行っていく

プレイヤーは害獣バブーを撃退するために、畑にトラップを仕掛けていくが、バブーは次第に罠をジャンプしたり迂回したりと回避できるように進化していくようになっている。

このバブーの知能には、遺伝的アルゴリズムが使われている。

プレイヤーがバブーをトラップで撃退している裏では、ランダムな行動パターンを持つ何体ものバブーがトラップの攻略を行っている。

そのなかで、優秀な結果を出したバブーの行動パターンをもとに次のレベルのバブーが生成されていく。

つまり、落とし穴ばかり仕掛けるプレイヤーがいた場合、バブーは落とし穴の突破に特化した行動パターンへと進化していく。

従来、プレイヤーに対して難易度を決める敵のパラメータは、開発者がプレイヤーの上達に合わせて設定していくのが基本であったが、『アストロノーカ』ではAIが自動的にプレイヤーに対して手ごわくなっていくのだ。

三宅氏は、本作を「遺伝的アルゴリズムをうまく組み込んだ成功例」と評価。現在でも、ゲーム開発者に対する研修で、本作の仕組みを解説した森川氏の論文を使っていると話す。

森川氏が使ってきたニューラルネットワークや遺伝的アルゴリズムは、現在、第3次AIブームの中心になっているディープラーニングと比べるとすこし時代遅れの技術である。

しかし、ディープラーニングをゲームに組み込むのは、膨大な処理やデータが必要になるため、そのままゲームに組み込むのは向いていない。

このような第2次AIブームの技術こそ、現在ゲームAIに必要なのだという。

続いて、森川氏が挑戦したのは「キャラクターに自由にしゃべらせる」ということ。

しかし、人間の複雑な発音を再現するのは難しく、抑揚のない話し方になってしまう。

そこで森川氏が注目したのは「歌」。言葉だけでなく、自動生成した曲をつけることで、AIが自身で作詞作曲した歌を歌うというもの。

そして、完成したのが『くまうた』(2003年)。

舞台は未来の地球。プレイヤーは、宇宙移民の間で愛される「宇宙演歌」の師匠として、弟子のクマに歌を教えていく。歌詞の自動生成にはオントロジー(存在論)という哲学が使われており、選ばれた単語から、プレイヤーの好みを判断し、好かれやすい歌詞を選ぶようになる

本作の発売は、イギリスのZERO-Gが発売したVOCALOID第1号、LEON・LOLAよりも早く、音声合成システムとしては世界最先端を行くゲームであった。

しかし、「くま」と「演歌」というシュールすぎる世界に、時代がまだ追いついていなかった。

その数年後、初音ミクブームが来た時に森川氏は「こっちだった……」と頭を抱えたという。

初音ミクブームによって、ニコニコ動画では『くまうた』が再評価。ボカロPに対して、師匠と呼ばれる投稿者たちによって、『くまうた』で作成した楽曲の動画が数多く投稿された。

そのほかにも、「AIとの会話で、コンシェルジュのような会話はつまらない」という考えから誕生したiOSアプリ『てきとうパパ』(2011年)など、森川氏は、AIの技術を使った個性的な作品を生み出してきた。

子ども(プレイヤー)からリクエストされたテーマについて、パパはWikipediaをもとに教えてくれるが、すぐに話が脱線していき、関連ワードを拾いながらも、いい加減な大ぼらを吹き始めるというアプリ

プロレスと格闘技のせめぎあい

続いて、ゲームAIの研究に身を置いてきた三宅氏によるゲーム業界におけるAIの扱われ方の変化についての解説に話題が移った。

三宅陽一郎氏は、ゲーム業界におけるAI研究の第一人者で、ゲームAIに関する著書も多数ある。ゲームAIの発展のため、ゲーム開発の傍ら、全国をまわって講演活動を行っている

森川氏は、ゲームとAIの関係を「プロレス(ゲーム)と格闘技(AI)」と話す。

つまり、ゲームは従来、開発者の手によって筋書きが書かれたバトルであるのに対し、AIは本気でプレイヤーと戦うというもの。

ゲームは、プレイヤーを楽しませないといけないという命題がある以上、プレイヤーを程よく苦しめながら、クリアの道を見つけさせる必要がある。

「ゲームの世界を本当の世界ととらえるならば、キャラクターは生物。映画の世界とみるならば、キャラクターは役者。その2つの世界をシームレスにつなぐシステムが良いシステム」と三宅氏は話す。

三宅氏が、ゲーム業界に入った当時、ゲーム内にAIを導入しようとすると、先輩たちから反対されたという。

「キャラクターが勝手に動いたら困るだろう。デバッグできなくなるじゃないか」というのが当時の反応だった。

そのため、キャラクターを歩かせるにしても当時のゲーム開発者は広大なマップのなかに、ひとつひとつパス(順路)を設置していた。

パス検索とは現在地と目的地の座標を認識し、移動経路を決定する技術。これによってキャラクターはマップを自由に歩き回れるようになるが、とんでもないところに行ってしまうといった現象も起こった

しかし、次第にゲームの世界が広がるに合わせて、部分部分をAIに任せる形になっていったという。

このように、ゲーム開発の現場にはアートとテクノロジーのせめぎあいが常に行われてきたのだが、森川氏のようにアートとテクノロジーの両方の視点を持つ開発者というのは貴重なのだ。

森川氏の作ってきたゲームは、キャラクターの造形もすべて森川氏が手掛けている。

今回のスライドのイラストも森川氏が描いたものだ

まだゲームが処理のリソースの上限のなかでやりくりをしなければならなかった頃は、アートとテクノロジーを別の人間が開発していた場合、どうしてもゲームの見栄えが良くなるアート側の人間が主導権を握ることになってしまう。

そのため、森川氏のような両方できる人でなければ、AIをゲームに組み込むことはできなかった。

また、三宅氏によると、世間のAIブームとゲーム業界のAIブームの間にはタイムラグがあり、『がんばれ森川君2号』が発売された1990年代は1980年代の第2次AIブームの影響をうけ、世界的にゲームAIが盛り上がってきていた時代でもあったのだという。

そのため、2010年ごろから起こっている第3次AIブームがゲーム業界に訪れるのはこれからになると三宅氏は予測する。

一方で、日本ではAIの開発者が別分野に流れて行ってしまっていたこともあり、まだまだゲームAIの開発者は足りていないのが実状でもある。

AIが筋書きを書く時代の到来

40年前、黎明期のゲームは、キャラクターとマップは一体化しており、背景と同じギミックに過ぎなかった。

ゲームAIの概念が誕生したのは『パックマン』。アカベエやアオスケなど、マップのギミックから独立してパックマンを追いかける敵キャラクターがゲームAIの元祖といわれている。

そして、次に大きな変化が起こったのは2000年ごろ、3Dゲームの開発に合わせて、役割に合わせて動く自律型AIが誕生した。

アメリカでは、このころに大学で情報科学の研究者とゲーム開発者の産学連携が進み、AI研究者がゲーム業界に入ってきたという。

キャラクターが思考を持つために考えられたのが「プランニング(計画)」という技術。これによって、AIに時間の概念が生まれた。例となった動画では、敵キャラクターは、室内にいるプレイヤーを攻撃しようとするが、ドアから侵入できない場合、計画を変更して、窓を破って侵入を試みる

FPSなどのジャンルでAIの研究が進んでいた海外に対して、日本では、AIに頼らなくてもゲームを成立させられるレベルデザイン技術を持っていたため、AI開発の面で立ち遅れてしまう。

また、AIの技術が進んだことによって、キャラクターが自由に動き回るような問題が出てきた。それを解決するためにゲーム全体を管理する「メタAI」が誕生。

メタAIは、ユーザーの心理状態などをビッグデータなどから抽出し、敵を生成するタイミングや量を調整するなど、ゲームの難易度調整まで行うようになってきている。

メタAIの例。プレイヤーの緊張度を読み、リラックスしているときに敵を多数生成。緊張度が高まってきたところで敵の出現を抑えるなどの調整を行う

これらのAIの技術は、オープンワールド化に欠かせないもので、旧来の人間がレベルバランスを調整し、キャラクターの移動経路のパスを引いている状態では、広大なオープンワールドのゲームを作るために多大な労力を必要としてしまう。

つまり、現在のAIはプロレスのブック(筋書き)をも作れるようになったのだ。

メタAIの設計には、技術者だけでなくAIのモデルとなるレベルデザイナーやゲームデザイナーの知能も必要となるため、現在のAI開発の中でもホットな部分のひとつなのだ。

AIの活用はゲーム外にも広がっており、オンラインPVPのゲームでのマッチングにおいて、遺伝的アルゴリズムが用いられるような例もある。

さらに、ソーシャルゲームの分野では、「このカードを入手したプレイヤーは継続率が高い」など、ユーザーの行動の解析などでAIを活用する事例も見られている。

ユーザーに同じような行動を繰り返させるソーシャルゲームのなかには、ユーザーの動きを想定してAIがデバッグを行うこともあるという。

また、ユーザーの動きを日々監視し、AIが解析してくれることでオンラインゲームではユーザーの動きを見て、即座にパッチをあてるのが可能になっているのだ。

AIが分析したFPSのマップにおけるユーザーの死亡率のヒートマップの例。「ゲームをサイエンスする時代が来た」と三宅氏は語る

そんな目覚ましい発展を遂げているゲームAIの話題が盛り上がるなか、三宅氏が紹介したのは『Creatures』(1996年)という、世界で初めてニューラルネットワークを搭載したゲーム。

『Creatures』もマップ上のギミックを触って、キャラクターに学習させていくALIFEゲームの一種

このゲームは、8000ノードという当時のPCのレベルではありえない情報量を持っていた。

海外で『Creatures』、日本では『アストロノーカ』と、90年代後半はゲームAIにとって大きな盛り上がりを見せていた時代。

しかし、2000年からゲーム業界はAIよりもグラフィックスを重視する時代に入ってしまい、ゲームAIの発展は滞ってしまった。

20年以上経った現在、8000以上のノード数を持つニューラルネットワークのゲームは現れておらず、第3次AIブームとはいうもののディープラーニングを応用したゲームも誕生していない。

そのため、これまで紹介してきたゲームAIの技術は、まだ過去の技術の応用に過ぎず、ゲームAIの学習能力という面では、まだ止まったままなのだ。

ゲームAIがさらなる発展を遂げるためには、AI研究者とゲーム開発の現場をつなぐ存在が必要になる。

そのため、AIを専門とするモリカトロンに求められる役割は大きいと三宅氏は期待を寄せる。

森川氏は、ゲームAIの発展のためには「ゲームにAIを入れようという考え方ではなく、AIで遊ぼうという考え方が必要」と話す。

そんなAIを使った遊びのなかで、大きなブレイクスルーが起こるだろうと今後のAIの発展を予言した。

ゲームAIはこれからさらに盛り上がっていく。森川氏がこれまで作ってきたゲームのように、AIそのもので遊ぶ新たなゲームを見てみたい!