スマホへの搭載が進む「AIチップ」ってなに?
2017年は「人工知能(AI)処理の支援ロジックをスマートフォンに組み込んでいく」という流れが誕生しました。
9月にはMateシリーズでお馴染みのHuaweiが、スマートフォン向けSoC(CPUやGPUやメモリインターフェースなどコンピュータの動作に必要な機能をひととおり1チップに集約させたプロセッサのこと)として「Kirin 970」を発表しましたが、ここにはNeural Processing Unit(NPU)と呼ばれる、AI処理支援ロジックを統合していることを明らかにしました。
このKirin 970はHuaweiの最新スマホの「Mate 10 Pro」に採用されています。
ほぼ同タイミングで、アップルも新型スマホの「iPhone X」のメインプロセッサ「A11」には、AI処理支援ロジックとして「Nerual Engine」を融合したことを発表しました。
GoogleやNVIDIAも、AI処理支援ロジックとしてTensor Processing Unitを開発し、自社プロセッサへの組み込みを実践しています。
これらのAI処理支援ロジックは、あえて抽象化した名前として「AIチップ」などと呼ばれています。
AIチップというと、なんだか「自ら思考する人工知能」が1チップに収まったようなイメージが湧きますが、実際のプロセッサとしての構造はGPUに近く、ベクトル計算器を集積させたものに過ぎません。
それはそうですよね。携帯電話に載せるプロセッサがSF映画に出てくるような精巧なロボットの頭脳であるはずがありませんものね。
現在のAIのアーキテクチャの主流は機械学習型のAIなわけですが、これらを実践するにあたっては、行列の積和算を大量に行います。
なので、前出のAIチップというのは、実体としては4×4の行列の積和算を同時に大量に行えるプロセッサに近いものと言えます。
「機械学習型AIといえばグラフィックスプロセッサ(GPU)で実践するのが流行していたはずだけど?」と思い出した人もいることでしょう。
そのとおりです。
確かに、GPUでも4×4の行列の積和算は高速に行えますが、もともとGPUはグラフィックス描画のために開発されたものですから、演算精度を32ビット浮動小数点を基準にして設計されています。
それに、GPUにはテクスチャアクセスに特化したロジックやディスプレイ出力回りのロジックも含まれています。
機械学習型AIで行う計算では、グラフィックス描画の機能は不要ですし、演算精度も実はGPUほどの精度は必要ありません。
それこそ、演算精度に限っては16ビット浮動小数点(FP16)や、8ビット整数で十分なのです。
つまり、スマホに組み込まれるAIチップは、GPUに搭載されているグラフィックス関連の機能を省き、演算精度や演算器の規模も簡易化したものになっています。
だからこそ、スマホに載せられるわけです。
「スマホにもGPUは搭載されているのだから、そちらを活用しても同じことはできるよね?」という疑問を持った方もいることでしょう。
かなり鋭いです。
確かにそのとおりなのですが、スマホに搭載されたGPUは、主にグラフィックス処理をしなければならず、AI処理を実行しているときに、スマホ画面のスクロールとかが遅くなったりしては操作感としては芳しくないですよね。
なので、現状はGPUとAI処理支援ロジックは別々になっているのです。
ちなみに、NVIDIAのSoCのTegraシリーズは、Tegra X2以前はAI処理支援はGPUコアで実践させるアーキテクチャになっていますが、次世代TEGRA(開発コードネーム「Xavier」)では、Kirin 970やA11のように、専用のAI処理支援ロジックを実装するデザインに変更されるようです。
GPUが今よりももっと性能が向上すれば、AI処理支援までを兼任させることはできるでしょうが、今は「別々に実装した方が効率がいい」という方針になっているのです。
2018年は、総称「AIチップ」と呼ばれるAI処理支援ロジックを搭載したSoCがいろいろと出てきそうですし、それらのSoCを採用したスマホはいろいろと出てくるはずです。
2018年内にエントリークラスにまでこうした流れが波及するかどうかは分かりませんが、少なくとも上位機のスマホには「なかば必須」となるくらいの勢いで採用が進むと思われます。
スタンドアロン型VR-HMDがいろいろ出てきそう!
続いてはスマホにおいても無縁ではなくなってきた感のある「仮想現実」(VR:Virtual Reality)についての話題です。
2017年は、Googleの「Daydream View」が日本でも発売され、ひそやかではありますが、スマホをはめ込んでVR-HMD化して活用する「スマホVR」というプラットフォームが立ち上がった感があります。
そして2018年は、VR対応ヘッドマウントディスプレイ(HMD)に新しいスタイルが本格的に台頭します。
それが「スタンドアローン型」のVR-HMDです。
Oculus RiftやHTC VIVE、そしてソニーのPSVRは、VRコンテンツを楽しむためには別途ホストコンピュータであるWindowsパソコンやゲーム機であるPS4が必要でした。
このホストコンピュータをVR-HMDに統合したものがスタンドアローン型VR-HMDというわけです。
マイクロソフトがリリースしている「HoloLens」や、前述したスマホをはめ込んでVR-HMD化するDaydream Viewなどは、スタンドアローン型VRの一種と言えます。
2017年後期には、このスタンドアローン型VR-HMDの登場予告が相次いだのです。
OculusはOculus GO、HTCはVIVE FOCUS、GoogleもDaydreamスタンドアロンを発表し、2018年のリリースを予告しています。
Oculus Goは、Gear VR互換となるそうで、VIVE FOCUSは独自の「VIVE WAVE」というフレームワークを展開します。
DaydreamスタンドアロンはいうまでもなくDaydreamプラットフォームベースとなります。
これらの3つのプラットフォームを基軸として、2018年はホストコンピュータ内蔵型VR-HMDがいろいろと出てくると思われます。
マイクロソフトもWindows Mixed Reality(Windows MR)に力を入れているので、Windows10ベースのスタンドアロン型”MR”-HMDが出てくるかもしれません。
Oculus Go、VIVE FOCUS、Daydreamスタンドアロンはいずれもそれほど高価なものではないようなので、うまくすれば一般にも普及して、「被って使う携帯端末」として認知されるようになるかもしれません。
VR-HMDの映像パネルの液晶化が進むのはなぜ?
HMDにからめて、もう1つの話題も提供したいと思います。
ボクのもう1つの専門分野であるディスプレイパネル技術がらみの話題です。
2016年は「VR元年」などともてはやされ、ソニーはPS4向けVRシステムとしてPSVRをリリースしました。Windows PC向けにはOculus Rift、HTC VIVEがリリースされました。
これら3つの「VR-HMD御三家」は、全て有機ELパネルを採用していました。
前述したスタンドアロン型VR-HMDのOculus Go、VIVE FOCUS、Daydreamスタンドアロンのうち、Oculus Goは液晶パネルを採用します。
VIVE FOCUSは有機ELパネルです。
Daydreamスタンドアロンは公式発表は今のところないのですが2017年5月に「Googleがシャープの液晶パネルを自社製VR-HMDに採用」という報道が出たので、液晶パネルになる見込みです。
それにしても、なぜここに来てHMDの液晶化への流れが起きたのでしょうか。
「液晶パネルの方が価格が安いから?」と思った人は、半分正解です。
しかし、もう少し深い理由もあります。
画素精細度において不利な有機ELパネル
そもそも、VR-HMD御三家が有機ELパネルを採用したのは、画素の応答速度が桁違いに速いからでした。
RiftとVIVEは片目あたり、1,080×1,200ピクセルの3.5インチ有機ELパネルを2枚(両目分)、PSVRでは単一の1,920×1,080ピクセルの5.7インチ有機ELパネルを2眼で半分ずつ見せる実装形態となっていました。
両眼解像度はRiftとVIVEが2,160×1,200ピクセルで約260万ピクセル、PSVRは1,920×1,080ピクセルなので約207万ピクセルです。
また画素密度を表すppi値は、RiftとVIVEのものが461ppi、PSVRは386ppiでした。
一見、RiftとVIVEのものの方がppi値が高く思えますが、実は、RiftとVIVEの有機ELパネルはペンタイル(千鳥足)配列と呼ばれる、画質よりもコストを重視したデザインで、青と赤のサブピクセルが公称全体解像度の半分程度しかありませんでした。
なので、いうなれば実効ppiは307ppi程度しかなく、PSVRの方が映像表現力は上でした。「RiftやVIVEよりもPSVRの方が映像が綺麗だ」といわれるのは、実はこれが主たる理由だったのです。
とても評判の高かった御三家VR-HMDでしたが、表示映像に対しては「解像感が足りない」という意見も少なからずありました。
これは映像パネルを拡大して見るという現在のVR-HMDの構造からくる問題です。
これを改善するためには、今までのもの以上に高解像度の映像パネルを使用する必要があります。
つまり、高いppi値の映像パネルが必要となってくるわけです。
2018年以降に登場するPC向けGPUは、4K解像度を90fps以上で描画する性能を実現するとみられます。
そうなれば、新世代VR-HMDの両眼解像度は4K程度のものがマッチすることになります。
スマホ向けのSoCに内蔵されるGPUも、CG(≒ゲームグラフィックス)のレンダリングを4Kでやるのは直近では無理だとしても、4K解像度の実写VRコンテンツを取り扱うことは近未来的に可能になってきます。
ただ、解像度が高くなるからと言ってVR-HMDのボディサイズを大型化することは望まれませんよね。
つまり、現状のボディサイズと同等かそれ以下で、より高い解像度の映像パネルが求められることになるわけです。
御三家VR-HMDの映像パネルが大体400ppi前後の精細度だったとことを踏まえれば、少なくともその2倍の800ppiクラスが要求されることになります。
実は、800ppiを実現する高精細パネルを有機ELパネルで製造するのは難しいのです。
この画素密度が実現出来る映像パネルはというと、現状では液晶しか選択肢がありません。
もちろん技術革新によって、より高精細な有機ELパネルの登場はあり得るのですが、少なくとも現状というか短期的に、両眼解像度が4K(3,840×2,160ピクセル)の有機ELパネルを800ppiで製造することは困難です。
なので、高解像度HMDの映像パネルには液晶パネルの採用が進む動向が強まっているのでした。
液晶パネルは2019年までに1,000ppiへ到達?
高ppiの液晶パネルの開発競争は加速しています。
なにしろ液晶パネルメーカーは、昨今「HMDに特化した液晶パネル」の開発に力を入れています。
たとえば2017年12月、JDIは、VR-HMD専用液晶パネルを発表しました。
サイズは3.6インチで解像度は1,920×2,160ピクセル。精細度は803ppi。
パネルサイズ、アスペクト比はRiftやVIVEとほぼ一致しますから、従来のHMDボディサイズのまま両眼解像度を4K化したHMDを構成できることが訴求されていました。
液晶の配向モードはIPS型ですが、新開発の超高速応答速度IPS型パネルになっているそうです。
JDIは、この技術をベースに2019年までには1,000ppiオーバーのVR-HMD専用液晶パネルのリリースも予告していました。
液晶パネルメーカーと言えばシャープも有名ですよね。
そんなシャープは2017年、JDIのパネルと同一解像度の1,920×2,160ピクセルのVR-HMD専用液晶パネルを用いた試作VR-HMDを公開しました。
こちらはパネルサイズは2.87インチ。精細度は1,007ppiですからJDIのものを超えていることになります。
液晶を駆動する半導体にはシャープが誇るIGZOを用いています。
こちらはもうGoogleが採用に向けて動き出しているという報道も出てきています。
一般に、「液晶対有機EL」というと、テレビのことを連想しがちですが、実は、HMD製品においても、この「戦いの構図」は激しさを増しているのです。
おわりに
今回予測した技術テーマは、スマホを構成する要素技術のほんの一部に関することですが、いずれにせよ、スマホは今年も進化していくはずです。
僕も、昨年は人生初のアップル製品としてiPad Pro(12.9インチモデル)を購入しましたし、まだこの連載では未報告ですが、新しいスマホに買い替えていて「ボク個人をとりまくモバイルテック」も進化しました。
今年もさまざまな新技術に出会えることを期待したいものです。
次回は、その新スマホの話をしたいと思います。