スマホ向けゲーム開発にも適したゲームエンジンが日本メーカーから登場
スマホ向けのゲーム開発で圧倒的なシェアを誇っているゲームエンジンはなんといっても「UNITY」です。
エンジンの機能の充実振りもさることながら、しっかりした日本語でのサポート体制や、日本語の関連書籍も充実していて、大学や専門学校などの実習での採用事例も多くなっています。
また、「Asset Store」という、UNITYで使えるゲーム関連素材やツールのオンラインショップの仕組みが特に高い評価を得ています。
最近のゲームはグラフィックスやサウンドがしっかりしたものでないと、たとえスマホ向けのゲームであっても関心を持ってもらえない可能性があります。
Asset Storeには、アマチュアからプロまで様々なコンテンツ作家が作成したグラフィックス/サウンドコンテンツが販売されているので、これを購入するだけで自分のゲームに利用することができるのです。
アーティストが少ないプログラマ主体のゲーム開発プロジェクトならばすべてのアセットをここから利用すると作業がはかどりそうです。
以前は、「UNITYはグラフィックス表現力が弱い」ともいわれていましたが、UNITY5からは最新ゲームグラフィックスでは普及が進んできている物理ベースレンダリングや、VR(Virtual Reality:仮想現実)にも対応しています。
最近では、ゲームエンジンを使っての映像制作プロジェクトが、幾つか出てきていますが、この分野は、ライバルのUnreal Engineに先行されている感じがありました。
しかし、UNITYもこの部分に関して追い上げを目論んでおり、現在、映像制作者向けのツールとして「タイムラインエディター」の開発を進めています。
今年は、このツールのβ版がリリースされたことで、話題を呼びました。
やや、話が横道に逸れましたが、とにかく、スマホのゲーム開発はUNITYがかなり幅を利かせているのです。
UNITYは、デンマークに創設された(現在は本社機能をアメリカに移設)UNITY Technologiesが開発したものですが、ここにきて、日本のミドルウェア開発スタジオのシリコンスタジオが、対抗馬となるゲームエンジンを出してきました。
それが「XENKO」というゲームエンジンです。
XENKOとはどんなゲームエンジンなのか?
XENKOは今年、4月25日にリリースされたばかりのゲームエンジンですが、実は開発の歴史は長めです。
最初にお披露目がなされたのは2012年のサンフランシスコで行われたGDC2012(ゲーム開発者会議2012)でのことでした。
当時は「Paradox」エンジンという名前でした。XENKOという名前は、昨年2016年から改名されたもので「善行」という日本語からとったと言われています。
なんだかネーミングのセンスが日本人離れしている感じがしますが、それもそのはず。
というのも、このゲームエンジン、日本のシリコンスタジオで開発されてはいるものの、開発スタッフのほとんどが日本人以外(フランス人の割合が高い)で構成されています。
筆者の取材によれば開発現場の公用語は英語だそうです(笑)。
さて、このXENKOですが、ゲーム開発に必要なすべての機能を集約した「オールインワンゲームエンジン」を名乗っています。
実は、このオールインワンゲームエンジンというコンセプトはシリコンスタジオの「OROCHI」と競合するのですが、OROCHIが家庭用ゲーム機(PS4,Xbox One)やPC,アーケードを想定したハイエンドゲーム開発を想定。
これ対し、XENKOはスマホなどの携帯端末(iOS,Android,Windows Phone)やWindows PCプラットフォーム(UWP含む)を想定しているそうで、主にインディーズゲーム開発シーンへの訴求を行っていくとのことでした。
この点で、XENKOはOROCHIとは競合しなくても、UNITYとは競合するというわけです。
XENKOを構成するモジュール、あるいはツール群としては、レベルデザインにも対応したエディタ、物理ベースレンダリングに対応したグラフィックスエンジン、UI設計ツール、サウンドエンジン、スマホのタッチ操作からゲームパッドまで対応した入力エンジンなどを備えています。
今年のGDC2017で公開されたXENKOのプロモーション映像
基本的なゲームロジックは、レベルエディタ上で行える設計ですが、コードレベルのプログラミングが必要な局面ではC#が利用できます。
この「C#ベースのゲームエンジン」という部分もUNITYと競合しているポイントですね。
なお、XENKOのエンジン自体のソースコードも公開されており、この点もユニークです。
XENKOの豊富なツール群
もう少し細かく見ていきましょう。
メインとなるエディタは「XENKO GAME STUDIO」というものです。
ここで基本的なゲームメカニクスを構築することができるようになっています。
リアルタイムストラテジーや3Dシューティングといった、典型的なゲームジャンルのテンプレートが用意してあるそうで、敵や背景、その他のオブジェクトを配置して、それらをスイッチベースで駆動するゲームフィールドを作るだけであれば、短時間での開発が可能なようです。
それ以上の、複雑なゲームロジックが必要な場合はC#で記述することができます。
XENKO GAME STUDIOには、豊富なサブツールがセットになっているのも特徴です。
たとえば、今でもスマホ向けゲームでは、2Dグラフィックベースのものが多いわけですが、そのための「Sprite Editor」も付属します。
そして、2D、3D問わず、ゲーム画面をにぎやかすのに不可欠なパーティクルについても専用のエディタ「Curve Editor」が付属します。
これは、複数のグラフィック要素を算術的に動かす際の軌道やタイミングを視覚的に編集することができるものです。
メニューなどのUI画面の設計用に「UI Editor」まで用意されているのも心憎いポイントです。
さすがに3Dモデルを制作するツールまでは付いてきませんが、それ以外の要素はほとんどXENKO内で作業できるようになっており、たしかに「オールインワンゲームエンジン」の名に恥じぬ作りになっています。
シリコンスタジオのグラフィックスミドルウェア製品直系の強力なグラフィックスエンジン
そして、強力なグラフィックスエンジンも、XENKOのウリの1つとしてアピールされています。
シリコンスタジオ製だけに,同社が手がけるグラフィックスミドルウェアの遺伝子を色濃く受け継いだ設計になっているのです。
レンダリングエンジンは、先進の「Clustered Forward Rendering」技法を採用しています。
これは、多くのゲームエンジンで採用されているTiled Base Rendering(TBR)技法の発展形で、画面をタイルで分割して処理するだけでなく、各タイルの奥行き方向にも分割したクラスタと呼ばれる単位でレンダリングしていくテクニック。
TBR技法の特徴である「動的光源の取り扱いを無制限に行える」特徴を引き継ぎながら、TBR技法では困難だった、マルチサンプルアンチエイリアス(MSAA)や半透明マテリアル描画を同時に取り扱えるメリットを併せ持つのが特長です。
豆知識を披露しますと、「バイオハザード7」はこのClustered法ベースのDeferred Rendering技法を採用しています。
マテリアルシステムは物理ベースを採用しており、シリコンスタジオが単体で製品としてリリースしている最新レンダリングエンジン「Mizuchi」のものを継承。
たとえば、マテリアルを複数レイヤーで組み合わせることで、複雑な材質表現を行ったりすることも可能になっています。
今世代のゲームグラフィックスでは、重要度が増している間接照明表現についても対応しています。
ゲームシーンの要所要所においたLight Probeと呼ばれる計測ポイントにて、間接光の情報を事前計算して収集しておき、これを実際のゲームのランタイム時に間接光ライティングに役立てる方式です。
この空間内を動き回る動的なキャラクタなどにもちゃんと正しい間接照明表現が行うことができ、間接光に関する情報は事前取得してしまうため、ランタイム時の負荷も比較的軽めです。
動的な光源の移動にまで対応した間接光ライティングにはできませんが、スマホ向けゲームグラフィックスとしてはじゅうぶん過ぎる表現力だと思います。
また、リアルタイムローカルリフレクションや被写界深度表現、疑似スキンシェーダといった最新の画面座標系エフェクトは、やはりシリコンスタジオで単品売りしているポストエフェクトミドルウェア「YEBIS」ゆずりのものを搭載しています。
VRにも対応!個人向け版は無料
XENKOは、2017年という、このタイミングでリリースされるだけあり、HTCの「Vive」やOculus VRの「Rift」といったVR対応ヘッドマウントディスプレイ(VR-HMD)に対応しています。
将来的には、スマホをVR-HMD化するスマホVRゴーグルやGoogle Daydreamなどへの対応も予定されているようです。
上でXENKOには「典型的なゲームジャンルのテンプレートが付属する」ことを紹介しましたが、VRゲームのテンプレートも付属するとのことです。
さて、上で述べたようにXENKOは、4月25日にリリースされたわけですが、気になるライセンス形態はどうなっているのでしょうか。
年商20万ドル未満の企業や個人であれば、個人向けエディションの「XENKO Personal」を無料で利用できることになっています。
もちろん、制作したゲームは自由に販売することが可能で、ロイヤリティも要求されません。
年商が20万ドル以上の規模の企業、個人に向けては有償版として「XENKO Pro」と「XENKO Pro Plus」が用意され、それぞれ月額75ドル、150ドルとなっています。
Pro版/Pro Plus版でも、開発したゲームの売り上げに対するロイヤリティは請求されません。
その他、個別案件ライセンスとして「XENKO CUSTOM」がありますが、有償ライセンスでXENKOを利用したい場合はシリコンスタジオに個別に相談した方が良いと思います。
また、大学や専門学校での教育目的とした非商用利用の「Xenko for Educational」も設定されているそうで、こちらも要問い合わせとのことです。
なお、現在、XENKOリリースを記念しての「ウェルカムキャンペーン」が施行されているようで、2017年7月31日まではすべてのユーザーが「XENKO Pro」を利用できるようになっています。
シリコンスタジオでは今後もXENKOをオープンソースプロジェクトとして開発を進めていくとのことです。ゲーム開発に興味がある人は、一度、触ってみてはどうでしょうか。