経済財政諮問会議での指摘が発端
今回の値下げ騒動の発端になったのは、今年9月、内閣府の経済財政諮問会議において、安倍首相から「携帯料金等の家計負担の軽減は大きな課題である」という指摘があったことに始まる。直前に一連の安保法案などが審議されていたため、そこから目をそらすために、身近な携帯電話料金を挙げたのではないかという指摘もあった。
この指摘を受け、10月から総務省で「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」(以下、携帯電話料金タスクフォース)という会議がスタートし、有識者を交えた議論が進められてきた。非公開を含め、すでに4回の会合が開かれ、12月19日にはいよいよ最終的な取りまとめとなる5回目の会合が予定されている。おそらく、そのタイミングで今後の方針が明らかになるはずだ。
何かと問題の多い今回の議論
ここ数ヵ月の間、モバイル業界を騒がせてきた携帯電話料金の値下げ騒動。ユーザーとしても基本的に値下げは歓迎するところであり、「料金が下がるの? それはいいね。もっと安くして!」と考えている人が多いだろうが、今回の値下げ騒動はいろいろな面で問題が多く、今後のスマホライフに大きな影響を与えることになるかもしれない。
まず、基本的なところとして、国や政府が民間企業の料金や価格に口を出すことは、適切な行動とはいい難い。それぞれの企業には株主の出資を受け、コストをかけて、利潤を追求しているわけで、それを無視して、第三者である国や政府が直接的に料金や価格に関与するのは、株主に対する裏切りであり、ルール違反ということになる。携帯電話の料金が認可制だった時代ならともかく、現在は自由競争の時代であり、各社がどういう価格設定をしようと、株主や経営陣以外は口出しをできない。もし、これがまかり通ってしまうと、「タクシー代が高いから安くしろ」「○○のブランドを安く買わせろ」などという指摘も成り立ってしまうことになる。
では、どうやって、価格や料金を下げていくかというと、通信業界の場合、規制緩和などによって、企業の競争を促すことが基本姿勢になる。たとえば、携帯電話業界では新しい周波数帯域を割り当てるとき、新規参入事業者を優先するなどの施策を採ってきたが、2005年に2GHz帯が割り当てられたアイピーモバイルは事実上、サービスを開始することなく、2007年に自己破産し、2005年に1.7GHz帯を割り当てられたイー・モバイルは2013年にソフトバンクに買収され、2015年には吸収合併されるなど、効果的な競争環境を作り出せていない。ちなみに、つい最近、NTTドコモが2016年6月にサービス終了を発表したスマホ向け放送局「NOTTV」も2010年の放送免許割り当て時に、KDDIとクアルコムが推す「MediaFLO」方式との激しい割り当て獲得競争をくり広げたが、総務省はNTTドコモやmmbiが推すISDB-T㎜方式を採用したものの、放送サービスへの他事業者の参入はいっさいなく、これも失敗に終わっている。
また、値下げ騒動の発端になった「家計に占める割合」については、会議の資料では「通信費がここ10年で2割ほど増えた」と指摘されている。しかし、10年間で2割増という数字が割高なのかという声もある。
10年前の2004年といえば、まだNTTドコモのFOMAハイスピードも始まっていない3G全盛の時代であり、ようやくパケ・ホーダイなどのパケット定額サービスの提供が限定的にスタートしたばかりのころだ。iPhone 3Gがソフトバンクから国内向けに初登場したのが2008年、初のLTE対応スマートフォンであるGALAXY S II LTEがNTTドコモから発売されたのが2011年末。その後の流れはみなさんもよくご存知だろうが、今やスマートフォンは市場の半数を超えるところまで普及し、通信速度も10年前の384kbpsの700倍を超える300Mbpsまで高速化が進んだ。1人当たりのデータ通信量も数倍から数十倍に増えたといわれているが、それだけの変化の中での2割増が本当に高いといえるのだろうか……。
携帯電話事業者の値下げはMVNOを圧迫する
次に、値下げそのものについてだが、これもなかなかハンドリングが難しい。昨年、NTTドコモは他社に先駆け、月額2,700円で国内通話が話し放題という料金プランを発表し、auとソフトバンクもこれに続いた。「月額2,700円は高い」という指摘を受け、今年9月にはauが国内通話の話し放題に1回あたり5分以内という制限を付けた月額1,700円の新プランを発表し、再び他の2社もこれに追随した。携帯電話料金タスクフォースの会合や政府関係者からは、こうした動きを「まるで談合のようだ」と指摘を受けているが、内容をよく見てみると、組み合わせられるデータ通信のパック料金や長期利用者の割引などに差があり、必ずしも「同じ料金体系」とは言えないのが実状だ。
また、各携帯電話事業者が現在よりも月々の基本使用料などを値下げすると、ここ1~2年で普及してきたMVNO各社の事業を圧迫することにもなり兼ねない。中でも「格安SIM」とも呼ばれるSIMカードのみを提供するMVNO各社のサービスは、基本使用料内に含まれるデータ通信量で激しい競争をくり広げており、ここに資金力のある各携帯電話事業者が本格的に対応することになると、規模が大きくないMVNO各社はかなりのダメージを受けることになる。ちなみに、格安SIMの基本使用料に含まれるデータ通信量は、当初、1GBあたり1,000円程度だったが、最近では1GBあたり600円を切るプランを打ち出しているMVNOも登場している。各携帯電話事業者が1GBあたり1,000~1,500円程度であることを考慮すると、半額近い価格で提供できていることになるが、同程度の価格帯の料金プランを各携帯電話事業者が提供することになると、安定感や安心感を求め、ユーザーは各携帯電話会社側に留まってしまう可能性が高い。
端末購入価格の高騰が必至
こうしたさまざまな事情がある中、携帯電話料金タスクフォースの会合で、もう1 つやり玉に挙げられているのが各携帯電話会社で端末を購入したときの割引制度やMNP利用時のキャッシュバックだ。
端末購入時の割引き制度はユーザーが新規契約や機種変更で端末を購入したとき、2年間に渡り、毎月一定額を月々の支払いから割り引くサービスで、NTTドコモでは「月々サポート」、auでは「毎月割」、ソフトバンクでは「月月割」という名称で提供されている。割引き額は機種によって差があるが、1,000~3,000円程度に設定されていて、本来の販売価格から2年分の割引き額を差し引いた金額が「実質負担金」などの名称で店頭に明示されている。同じ携帯電話番号のまま、他の携帯電話事業者に移ることができるMNPについては、1回線あたり数万円のキャッシュバックが提供されるなど、激しい競争がくり広げられてきたが、あまりの過熱ぶりに各方面から批判が相次ぎ、昨年あたりからは端末購入時の割引制度に主戦場を移している。
実際に、機種変更などでどれくらいの値段が割り引かれているのかというと、9月に発売されたiPhone 6sの場合、アップルが販売する128GBのSIMフリー版が110,800円であるのに対し、2年分の端末割引を差し引いた実質価格は、NTTドコモ、au、ソフトバンクの3社とも51,840円に設定されている。つまり、約6万円近くを約2年間で割り引いてもらえるわけだが、この割引の原資は機種変更をしていない人たちの基本使用料などでまかなわれているのではないかというのが携帯電話料金タスクフォースのいい分だ。
携帯電話料金タスクフォースではこうした端末割引制度が携帯電話の販売や契約を歪めているとして、2016年春以降、割引額に上限額を設定するなどの自粛を求めることになりそうだ。会合では端末購入時の割引制度に制限を設けた韓国の事例が参考に紹介され、一時的にMNPでの移行が少なくなり、端末の販売も鈍化したことなどが明らかにされた。
国内ではいつ、どのような形で導入されるのかがわからないが、おそらく2016年以降、端末購入時の割引制度は一定の制限を受けることがほぼ確実視されている。ここ1年ほどで、スマートフォンのハイエンドモデルは価格が10万近くまで高騰していたものの、端末購入時の割引制度のおかげで何とか買える程度に抑えられていたが、今後は割引額が少なくなり、端末購入の負担が増えるため、今まで以上に新機種が買いにくくなるかもしれない。最終的な判断は総務省の発表を待ちたいが、買い換え時期が近づいているユーザーは、今後の動向をしっかりとチェックして、適切なタイミングで買い換えることを検討した方がよさそうだ。