アナログなランキング変動という昭和の価値観
入社して2週間の研修を経て配属されたのは、愛知県名古屋市にある中部営業所だった。音楽を制作するディレクター職ではなく、地回りのレコード店舗への営業の仕事だった。
ちなみに当時、3名が新卒で採用され、1名が制作、2名が営業への配属。それでも3名の採用は狭き門だったに違いないし、この会社から自分の社会人としてのキャリアがスタートしたことは幸運であったと思っている。
しかし、そうはいっても販売するラインナップはカラオケテープ、環境BGM、演歌のシングルレコードばかりで、辟易していたことも事実。毎週のように「新企画」の提案書をファックスで本社に送信していた。そんな日常の中、当時アポロンで販売を請け負っていたSMSレコードから大型新人がデビューするという案内が来た。
その大型新人が、1984年のレコード大賞新人賞などを総ナメにした吉川晃司さん。デビュー曲は『モニカ』。当時、最先端の打ち込み系のデジタルサウンドをバックに歌い、広島の修道高校の水球部員として鍛えたカラダで激しいアクションを披露した。
そのあたりのエピソードは長くなるので割愛するが、デビュー曲『モニカ』、セカンドシングル『サヨナラは8月のララバイ』など立て続けにヒットした。
もちろん、楽曲と本人の人気もあったが、各地の営業所には「オリコン対策」という施策の指示書がファックスで来ていた。「オリコン対策」とは、当時は音楽業界専門誌(のちに一般雑誌としては販売されるようになった)であった「オリジナルコンフィデンス」へのランキング操作の施策のことだ。
現在のオリコンのランキングシステムは知らないが、当時は日本全国のレコード店舗の中で各地の有力販売店や地域一番店やその系列などで、販売数のデータを週1ペースでオリコンに報告している「データベース店舗」からの情報を集計していた。
当然のことながら、レコードメーカーの各営業所もその存在を把握しており、営業マンが初回数量を多めに納品し、その後ファンを動員したり、もしくは営業所自体が買い取りを促進することで販売数を水増しすることがあった。
簡単にいえばそれが「オリコン対策」であり、その結果、音楽業界誌「オリジナルコンフィデンス」のランキングを上下し、そのタレントの価値、または年末の賞レースなどの行方を左右するものになるのだ。
前置きとしては長くなったが、昭和の販売方式やランキング変動という価値観はアナログなもので、ある種の「義理人情」「貸し借り」が成立したものだった。
デジタル時代の新秩序の現代
しかし、1986年くらいに店舗へ導入されたPOSレジシステムが状況を変えていく。
とある地方の有力店舗の仕入れ担当者が私をバカにしたようにいった。
「アンタ、POSって知っているか?」
しかし、私自身は何のことかよくわからず……。「さあ、すみません。知りません」
「だから、アンタのところの会社はダメなんだよ」
このようなことをいわれた記憶がある。アナログなランキング集計や対策の終焉も近づいていたのだ。
あれから30年以上の年月が経た今となっては笑い話に近いが、チェーン店舗であれば、POSデータで管理したものが中央のサーバーに集約され、売れセン、死にスジなどが即座に把握できるようになった。さらにはそこに、手作業による操作、手ごころを加えるようなものも存在しにくくなったことだろう。
ゲーム業界人、ゲーム産業に関わる法人ならば、週刊ファミ通のTOP30に注目をしていることだろう。このデータは本誌中に明記のある販売店の協力のもと、各フォーマットの各ソフトの販売数を同一の条件のもとに集計し、ファミ通が独自に作成したものと明示がある。
そしてもう1つ、昨今注目される「ダウンンロードタイトルTOP10」がある。こちらはApp Storeランキングのみを対象にしているが、ファミ通がユーザー調査を実施し、独自に作成したものとなっている。ある種の「推計」といっても差し支えないだろう。
ここで再びオリコンの話しに戻るが、1月30日にオリコンの2代目社長である小池恒氏が朝日新聞の取材で、今秋をめどに、CD売り上げやダウンロード数などを合算して1つの指標にまとめた複合ランキングを新設する方針を明らかにした。
もはや、「オリコン対策」は過去の遺物でしかないのだろうが、CD販売が伸び悩む中、新しい音楽コンテンツの流通としてのダウンロード数などに注目したということだろう。
取り組みを発表するにはやや時を逸した感もあるが、もはやオリコンがその音楽販売ランキングにあまり注力していないという逆説的な見方もできるかもしれない。
このオリコンの総合ランキングの基準改定の前日、私はApp Annieの「2017年 世界の年間トップパブリッシャー」の発表会に参加した。こちらは世界のアプリを網羅したもので、日本のパブリッシャーやコンテンツの今の立ち位置や、マンスリーアクティブユーザー(MAU)ランキングやデイリーアクティブユーザー(DAU)のランキングが俯瞰で見えるというものだ。
それぞれのランキングでの詳細はここでは割愛するが、世界のパブリッシャーは幅が広く、その深度もあると感じた。
アップルがランキングという概念を取り払い、新しい価値観でのアプリや、それらアプリへの認知促進をどのように考えているを推し量ることは難しいが、このような明確なデジタルなデータで自分たちの収益性やスタンス、ポジショニングが把握できることは素晴らしいことだと思う。
しかし、それらのデータは、ある意味で単なるランキングではなく、日本人として多様化するゲームやアプリの価値の多様性を表すものであることも意識する必要のあるデータであると思う。
かつて「オリコン対策」といっていたころがなんと穏やかな時代だったか……。デジタルニューワールドオーダー(デジタル時代の新秩序)の時代に振り返る自分がそこにいた。