現在、国内市場では各携帯電話事業者の回線契約数が1億3,000万を超えるところまで普及したが、総務省の統計によれば、昨年9月末現在、MVNO各社が提供するSIMカードを主としたサービスの契約数は934万回線となっており、市場全体のシェアは5%を超えるところまで拡大した。前年同月比でも42.1%増を記録しており、順調な成長ぶりに見える。
しかし、その一方で、昨年来、「格安SIM」「格安スマホ」を中心としたMVNO各社の成長に陰りが見えている。
たとえば、昨年9月、FREETELブランドで格安SIM&格安スマホを展開していたプラスワン・マーケティングは、格安SIMの事業を楽天モバイルに売却し、昨年12月には民事再生手続き開始申し立てを行い、事実上、倒産した。
現時点ではまだ明確な情報はないが、同社のほかにも事業の売却や統合などを検討中のMVNOもあるとされ、今後、MVNO各社は淘汰の時代に入ると言われている。
拡大するMVNO包囲網
こうした状況を生み出した背景には、MVNO各社に対抗する施策や勢力が一気に増えてきたことが挙げられる。
たとえば、昨年、各携帯電話事業者は「格安SIMつぶし」とも言える割安な料金プランを相次いで打ち出した。NTTドコモは対象機種を購入した場合、月々サポートなどの端末購入補助を適用しない代わりに毎月1,500円を割り引く「docomo with」という割引サービスをスタートさせている。
NTTドコモでの登録上、その機種を使い続けている限り、1,500円の割引は継続するため、同じ機種を使い続けるユーザーだけでなく、SIMフリースマートフォンに乗り換えたいユーザーも割安に使えるというメリットを持つ。
auも毎月割による端末購入補助を適用しない代わりに、割安に利用できる新しい料金プラン「auピタットプラン」「auフラットプラン」の提供を開始しており、こちらも順調に契約数を伸ばしている。
攻勢を強めるサブブランド勢
また、「格安SIM」「格安スマホ」が注目を集め、MVNO各社が販売を伸ばしている中、この流れに乗じて、うまく市場でシェアを伸ばしたのが「Y!mobile(ワイモバイル)」と「UQ mobile(UQモバイル)」だ。
この2つは「格安スマホ」のブランドとして認識されていることが多いが、いずれも他のMVNO各社とは少し立ち位置が違い、各携帯電話事業者の「サブブランド」として扱われている。
ワイモバイルはかつてのイー・モバイルを継承し、ウィルコムのPHS事業を吸収した携帯電話サービスだったが、すでに会社そのものはソフトバンクと統合されており、現在はソフトバンクとまったく同じネットワークを利用するもう1つのブランドという位置付けになる。「1つの携帯電話会社なのに、割安なブランドがあるのは不自然では?」という指摘もあるが、ファミリーレストランで言えば、「すかいらーく」と「ガスト」のような関係と同じと考えれば、わかりやすいだろう。
UQモバイルはWiMAXなどのモバイルブロードバンドサービスを提供するUQコミュニケーションズが提供するサービスで、免許取得時の制限により、KDDIの出資は1/3に押さえられている。
UQコミュニケーションズはもともと、「UQ WiMAX」のサービスのみを提供していたが、KDDIがMVNO事業に参入する各社をサポートするために設立されたKDDIバリューイネーブラーという会社が統合され、現在のUQモバイルのサービスが継承されている。
KDDIは「au」というブランドで携帯電話サービスを提供しているが、UQモバイルはKDDIのもうひとつのサービスブランドという位置付けになる。
この2つのサブブランドが他のMVNO各社が提供する「格安SIM」「格安スマホ」に比べ、大きなアドバンテージがあると言われるのはネットワークと資金力だ。
MVNO各社の「格安SIM」「格安スマホ」は月々の料金が割安に設定されている半面、時間帯によって、通信速度が低下すると言われており、「格安SIM」「格安スマホ」が浸透してきた最近では、朝夕の通勤通学の時間帯、ランチタイムなど、多くのユーザーが利用する時間帯は、通信速度の低下が著しいと言われている。
ところが、この2つのサブブランドはこうした時間帯でも通信速度が低下することが少なく、各携帯電話事業者と変わらない安定したパフォーマンスが得られると言われている。
ワイモバイルについては利用しているネットワークがソフトバンクと同じため、ソフトバンクのスマートフォンとパフォーマンスは基本的に変わらない。
UQモバイルはauのネットワークを借り受けるMVNOの立場だが、他のMVNOよりもはるかに広い帯域のネットワークを借り受けていると言われている。
そうなれば、当然、接続料が高くなるが、UQモバイルを運営するUQコミュニケーションズはauに対し、WiMAX 2+のネットワークを貸し出す立場でもあるため、自らも接続料の収入があり、それと相殺できるくらいの接続料は投入できるわけだ。
資金面については、両ブランドともテレビCMを流し、さまざまなメディアにも広告展開を行なっている。そればかりか、販売施策も各携帯電話事業者並みか、それ以上と言われており、たとえば、ワイモバイルは家電量販店でSIMカードのみを契約したとき、その店舗で販売されているSIMフリースマートフォンを数万円分を割り引いたり、キャッシュバックを提供するケースもある。
UQモバイルも契約者に対し、数千円程度のキャッシュバックを提供していることが確認されている。
こうした2つのサブブランドの積極的な展開に、消費者も敏感に反応し、その影響もあって、MVNO各社の販売に陰りが見えてきたというわけだ。同程度の月額料金で、ネットワークのパフォーマンスが安定しているのであれば、ユーザーがサブブランドに乗り換えていくのは仕方のないところだろう。
こうした状況に対し、昨年12月から総務省は有識者による「モバイル市場の公正競争促進に関する検討会」を催し、この2つのサブブランドを中心に、他のMVNO各社との競争環境が保たれるように議論が交わされ、まもなくガイドラインが示される予定となっている。
ただ、検討会の議論でも決定打と言えるような対策が見い出された様子はなく、各携帯電話事業者がMVNO各社に回線設備を貸し出すルールを見直すなど、根本的な対策をしない限り、何も解決しないという印象だ。
広がるサブブランド
こうしたサブブランドの成長ぶりを受け、各携帯電話事業者はさらにサブブランドを拡大していく構えだ。
たとえば、KDDIは2017年1月にインターネットプロバイダーのBIGLOBEを買収し、傘下に収めている。同社は1986年にNEC傘下のパソコン通信サービスとしてスタートした老舗だが、NTTドコモの回線を利用した「格安SIM」「格安スマホ」のサービスも提供している。
KDDIの買収後、昨年からはauのネットワークを利用したプランのサービスも提供しはじめ、若手人気タレントを起用したテレビCMを制作するなど、従来にはない積極的な展開を見せている。
同じくKDDI傘下では、かねてからCATV事業者のJ:COMが「J:COM mobile」というブランド名でMVNOサービスを提供している。CATVサービスの契約者を中心に展開してきたサービスだが、やや高い年齢層のユーザーも着実に取り込むなど、他社にないポジションを築いている。あまり目立たないが、サブブランド競争が激しくなれば、J:COM mobileも攻勢を強めることになるかもしれない。
そして、今年1月、ソフトバンクがLINEが運営する「LINEモバイル」を買収し、業界内を驚かせた。ソフトバンクはLINEモバイルの第三者割当増資を引き受け、51%の出資比率を持つことで、事実上、ソフトバンク傘下に収めることになった。
LINEモバイルはNTTドコモのネットワークを借り受け、ネットワーク設備の運営をNTTコミュニケーションズが担当していたMVNOサービスだが、LINEのブランド力に加え、女優の「のん」(旧芸名:能年玲奈)を起用したCMでは「愛と勇気」という、およそ携帯電話サービスとは思えないようなキャッチコピーを謳うなど、独特の個性で人気を得てきた。
契約数も後発ながら、着実に伸ばしてきたと言われてきたが、将来的な発展のために必要と判断し、ソフトバンク傘下に入ることになった。今のところ、NTTドコモのネットワークは継続して利用できる見込みだが、今後、順次、ソフトバンクのネットワークに切り替えると見られており、ワイモバイルに次ぐサブブランドに位置付けられることになりそうだ。
こうしたKDDIとソフトバンクの攻勢に対し、NTTドコモはあまり目立った動きがないが、これは同社が最も多くのMVNO各社にネットワークを貸し出す立場にあり、NTTグループとしてもNTTコミュニケーションズの「OCNモバイルONE」というサービスがあるため、MVNO各社のビジネスチャンスを減らしたくないという考えがあるようだ。
余談だが、同じNTTグループながら、NTTドコモとNTTコミュニケーションズは歴史的にあまり折り合いがよくないとも言われており、サブブランド対抗策でもうまく連携できないという見方もある。
ここ数年、順調に拡大してきた「格安SIM」「格安スマホ」の市場だが、今年はサブブランドの競争が激化することで、大きな転換期を迎えることになりそうだ。ユーザーとしても各社の動向を見ながら、安心して利用できるサービスを選びたいところだ。