[黒川文雄のゲーム非武装地帯] 第62回: HTML5、今そこにある危機

古くはイアン・フレミングによるジェームズ・ボンド、1980年代にロバート・ラドラムによって生み出されたジェイソン・ボーン、そしてほぼ同じ時期にトム・クランシーよって命を吹き込まれたCIA情報分析官ジャック・ライアン。彼らは、常に世界の危機的な状況や自身が置かれた危機を超人のような力と知恵をもってして乗り越えてきた。映画や小説の世界のキャラクターと言ってしまえばそれきりだが、それでも我々を魅了してやまないのは、自分たちが知りえない世界への憧れの対象だからかもしれない。

Clear and Present Danger

これらのキャラクターとストーリーの中で、ジャック・ライアンシリーズが好きだ。思うに、キャラクター設定や物語性に最も現実感がある。しかし、このところ、他の作品に比べ新作映画シリーズの制作が行われていない。

ジャック・ライアンシリーズは、アレック・ボールドウィン版、ハリソン・フォード版、ベン・アフレック版、クリス・パイン版がある。私がいちばん共感できるのは、ハリソン・フォードが扮するジャック・ライアン版で、そして、その中でも出色の完成度を誇る作品は『今そこにある危機』(原題:『Clear and Present Danger』)である。

『今そこにある危機』は、1980年代のコカイン・(カリ)カルテルをテーマにしている。カリブ海のクルーザーで、カルテルの殺し屋によって一家惨殺されたアメリカ人銀行家は、実態としてはコカイン販売のカルテルの資金洗浄係で、その証拠に、銀行家の隠し口座には数百億ドルが眠っていた。アメリカ政府としてはその裏金を差し押さえを秘密裏に画策する。

その秘密工作の一環として、CIAと政府は秘密裏に特殊部隊を派兵し、コカイン栽培から密輸までのルートを破壊する。それは、カルテルの工場や要人を同じカルテル同士の抗争に見せかけるという工作活動だ。

しかし、カルテル側にそれがアメリカの工作活動だったことが判明し、アメリカ軍の特殊部隊が攻守転換し追われる身となる。味方からの援護や支援が断たれ、孤立する。その孤立した状態を解決するために、ジャック・ライアンが奔走するというストーリーだ。いわば味方が敵に転じ、敵が味方に転じるというシナリオの絶妙さがこの作品の面白さだ。

ヤフーのゲームプラスに続き、BXDがenza(エンザ)を発表

さて、本稿の冒頭において、『今そこにある危機』の話を書いたのには理由がある。

それは2017年7月18日(火)に開催した「黒川塾51」のこと、「黒川塾51」のテーマは「HTML5ゲームとクラウドゲーム市場の未来を語る」というもので、当時のHTML5ゲームとクラウドゲームを採用するプラットフォームの状況と今後の普及の見通しについて、識者を招いて鼎談するというものだった。

黒川塾51ゲスト

  • 脇康平氏:ヤフービジネスプロデューサー
  • 森下一喜氏:ガンホー・オンライン・エンターテイメント代表取締役社長 CEO
  • 中裕司氏:ゲームクリエイター
  • 藤田一巳氏:コーエーテクモゲームス執行役員
  • 手塚晃司氏:BXD代表取締役社長

写真左から黒川氏、脇氏、森下氏、中氏、藤田氏、手塚氏

詳しい鼎談内容は上記の記事を参照いただきたいが、AppleやGoogleポータルの対抗軸としてヤフーゲームプラスが登場し、その基幹技術HTML5を利用した日本製ゲームポータルの今後を考えるというものだ。

ちなみに、「黒川塾51」開催時のヤフーのキャッチコピーは「すべてのゲームはWebでやれ!」というもので、簡単にすぐ始められるHMTL5を訴求したもの。

現在に至り、HTML5ベ-ス構築でローンチした「ヤフーゲーム ゲームプラス」は一定以上の顧客を獲得し(関係者によると100社程度が参入または参入予定)、コンテンツ提供とそれに伴う収益のベースを築くに至るという。

また、バンダイナムコエンターテインメントとドリコムの共同出資によるBXDも、2月にHTML5ベースのポータル「enza(エンザ)」を発表

enza(エンザ)に関してはすでに、配信予定のコンテンツ「アイドルマスター シャイニーカラーズ」「ドラゴンボールZ ブッチギリマッチ」「プロ野球 ファミスタ マスターオーナーズ」(すべて配信元:バンダイナムコエンターテインメ ント)の3コンテンツの事前登録者数が100万人を突破したことを報じており、3タイトルの総和とは言え、直近のコンテンツの中では精彩を放っていると思われる。

GMOメディアが、ブラウザゲームプラットフォーム「ゲソてんbyGMO」を発表

4月に入ってから、GMOメディアが、ブラウザゲームプラットフォーム「ゲソてんbyGMO」のスマートフォン版サービスを開始。

このプラットフォームも上記同様にHTML5ベースのカジュアルゲーム、ソーシャルゲームを総計で100タイトル以上を提供するほかに、完全オリジナルの新作ゲームを順次展開予定とのことで、さらなるHTML5環境の加速を感じる。
HTML5のメリットについては、

  • URLをタップするだけでゲームプレイができる
  • HTML5技術の進化と深化により、従来よりもビジュアルリッチなコンテンツを自在に表現できる
  • 2020年からの実用化が見込まれている次世代モバイル通信規格「5G」(第5世代移動通信システム)の環境変化が進んだ

などが挙げられる。

世界を巻き込んだアプリポータルの覇権の行方は……?

とは言え、そう簡単にHTML5全盛、HTML5至上主義の時代が来るとは考えにくい。

OSを牛耳る2大勢力として世界に君臨するAppleとGoogleの体制もウォッチする必要がある。我々は、彼らに水源地を抑え込まれているようなもので、生殺与奪(せいさつよだつ)の権限を握られている。あくまでも噂レベルに過ぎないが、HTML5を推進するパブリッシャーや日本(国産)ポータルにはブラフまがいの通達もあるという。

日本はもとより、AppleとGoogleは世界のアプリ・ゲームを通じて個人情報、趣味的嗜好、支払い履歴、そして彼らのビジネスの根幹を占める売り上げの30%というトランザクション分の膨大な売り上げが存在する。

それらすべてをこの2社が握っていることは、どう考えても不自然だと思う。また、これらとAmazon、Facebookを同義として見るかどうかでも変わってくるが、すべてのポータルがアメリカ企業のもとに集約されている。

HMTL5への方向転換は、おそらく日本のパブリッシャーのみならず、世界的な潮流となって大きなうねりを起こす寸前まで来ているようにも思える。

HTML5の限界を超えるためのブラウザ技術:PWA

報道によれば、AppleはすでにProgressive Web Apps(以下:PWA)というHTML5の限界を超えるためのブラウザ技術を使用して、Webアプリにネイティブアプリと同等の操作性や表現力を持たせようとしているという見方がある。

おそらく、それは行き過ぎたポータルの決壊が近づいて(決して、なくなることはないと思うが)、その限界と決壊の可能性をAppleとGoogleも危機感として肌で感じているからではないだろうか。

私が冒頭で感じた『今そこにある危機』は、ポータルであれ、パブリッシャーであれ、プレイヤーであれ、それらは常に入れ替わる可能性があること。味方だと思っていたら、そうではなく、さらには敵だと思っていたけど、力を貸してくれる存在になり得る存在……。巡り巡る現在の環境が、映画を観たときのように思い浮かんだ。

何事も行き過ぎると、その揺り戻しも大きく作用する。

私たち消費者は、常により楽しいエンターテインメントの享受とクリエイティブの発展と活性化、自由で快適な技術や環境を求めてきたが、その流れに逆らうことは、かのAppleとGoogleでも難しいのはないだろうか。

最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。

唯一生き残ることができるのは、変化できる者である。

自然科学者チャールズ・ダーウィン

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