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ドラブラもトーナメント大会が開かれるが、大会についてふと思ったことを今日はつらつらと。
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我はドラブラのコメントでは「楽しむことこそが本質」と述べた。
そこには全く嘘偽りはないし、本当にそう思うからこそあそこで想いを伝えた。
そういうエンジョイ、ファン的な感じでの参加というのは大いに良いし、逆に応援したくなるというものだ。
だが中には「ファン」や「エンジョイ」を遥かに超越した想いを持った者たちが参加するのは事実である。
本気で勝ちに行こうと考えている者たち。
彼らはどれだけのものを注いで大会に参加するのだろう。
大会の発表前からそういう大会が開かれるのを夢見て、準備期間には様々な情報を夜中まで仲間と共有しながら、ライバルたちと切磋琢磨を行っていく。
時間、集中力、そして何よりも情熱を注ぎ込んで本気で打ち込んでくるのだ。
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前者と後者、両方に共通するのはゲーム愛ただ一つ。
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残るものは出場した思い出だけだろうか?
はたまた優勝した事実だけだろうか?
違う、開催が決定した準備段階から、いや、もっと前からの積み重ね全てが思い出になるはずだ。
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故に、運営は常に大会の時には細心の注意と配慮をするべきだ。
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そのためにレギュレーションを決めなければならない。
そして注意せねばならないのは戦いのルール本体ではない。
ルール自体というのは非常にシンプルであり、ユーザーが運営よりも理解していることが多いからだ。
問題はイレギュラーが発生した際の決めだ。
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例えば不具合で何かしらできなくなった場合、その不具合が発生した場合は終了とするのか、それとも原則そのまま続行なのか。
そこら辺は徹底してそのイレギュラーの際のルールを守り、その筋を通すことが重要だ。
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一番最悪なシナリオとしては、どんな理由があろうとイレギュラーな対応をしてしまうこと。
これはどんな理由があれやってはいけない。
例えばその試合だけ不具合があったのでやり直すとかはもっての他だ。
運営からすると理由はあるかも知れぬ。
一般ユーザーには理解し難い、もしくは言うことができない可能性がある。
だがそれでもやってはいけない。
イレギュラー対応をすることでより大会を盛り上げる、円滑に進める、そういう意図があったとしてもだ。
大会はあくまで平等、そんな生優しいものではなく、機械的に進めるのが良い。
もし仮に、どうしても何かしらの事情で運営側がイレギュラーを加えなければならない時は、必ず超具体的な説明をしっかりとせねばならぬ。
だがそれすらも受け入れられないだろう。
何故ならそこには情熱を注ぎ込んだユーザーが巻き込まれるからだ。
深い愛こそすぐに多大なる憎しみに変わる。
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何故そこまで配慮しなくてはならぬのか。
それは偏に、運営の力というのは大会運用の範囲内に止まるからだ。
コントロールできるのはそこだけ。
ユーザーの感情や言動、行動はアンコントローラブル、制御不能だ。
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制御不能になると何が最悪か。
ユーザー同士が不毛な争いを始めることだ。
当然イレギュラーに対する不満は出てくるだろう。
ありえない、ふざけるな。
気持ちも分かるし、言いたくなる。
それは運営が悪いし、運営のミスだ。
だがどうだろうか、そこから何故か横の派生に繋がる。
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あのチームは運営と仲良かったから特別扱いをされたんだ!
そうに決まっている!
証拠はないけどそうだ!
皆言っているからそうだ!
あの運営の奴との忖度だ!
忖度試合だったら最初から優勝にすればいいじゃないか!
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先に言っておくが、言いたくなる気持ちは分かる。
非常に分かる。
一瞬そうだとも思う。
だが、それは言うのと思うでは大きな違いなんだ。
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膨れ上がった民意という名の憎悪はまるで正義の面をして平気で人を傷つける。
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イレギュラーに賛同した者たちに対して、はたまた該当するであろうチームに対して、負の連鎖がユーザー間で始まる。
ただの地獄絵図がそこに待っている。
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それを誰が望むのか。
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本質は運営のイレギュラー対応が問題であり、そこに対しての怒りを覚えている人は多数いる。
だがその怒りに呆けて尾ひれを付け、いつの間にかそこが本質であるかのような錯覚に陥る。
多くの人は思いたいように思い、それに賛同する者たちを集める。
信じたい方に信じる、それを伝染させる。
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それで誰が救われるのか。
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悪いのは運営であり、決して該当ユーザー側ではない。
該当ユーザーもいい迷惑だ。
そこに忖度があったという確固たる証拠がない限り、前者にこそ意見をぶつけるべきなのだ。
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ちょっと他のタイトルでそういう事案が発生したこともあり、思わず書いてしまった。
ドラブラのトーナメントは10月2日から開始だ。
ドラブラの大会は円滑且つ大円団で幕を引いてくれることを祈る。
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以上。