【法林岳之のFall in place】第15回: 携帯電話各社の新事業

各携帯電話会社はその名のとおり、携帯電話サービスを提供している。音声通話をはじめ、データ通信、メール、コンテンツサービスなど、携帯電話やスマートフォン向けに、さまざまなサービスを提供している。ところが、ここ数年、各携帯電話会社は店頭で食品を売ってみたり、体験サービスを提供したり、最近では電力自由化に合わせ、電気も売ろうとしている。なぜ、各携帯電話会社は携帯電話以外の事業に注力し始めたのだろうか。今回は各携帯電話会社の新しい事業について、説明しよう。

飽和に近づきつつある契約数

現在、国内ではNTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンク(ワイモバイルを含む)の3社が携帯電話サービスを提供している。これに加え、各社から設備を借り受けたMVNO各社も「格安スマホ」「格安SIM」と呼ばれるサービスを提供している。

かつて、端末代金やランニングコストが高く、どちらかといえば、企業向けだった携帯電話サービスは、1990年代に入り、徐々に個人にも利用されるようになり、2000年代移行は「iモード」をはじめとしたコンテンツサービスが提供されたことで、加速度的に契約数を伸ばしていった。

そして、ここ数年は従来型の携帯電話(フィーチャーフォン)からスマートフォンへの移行が進み、各携帯電話会社はまた一段と市場を拡大することに成功した。

ただ、電気通信事業者協会(TCA)の集計によれば、国内の携帯電話サービスの契約数は1億5,000万を超え、すでに日本の人口を上回るところまで拡大し、これまでのような右肩上がりの市場の拡大は難しい状況を迎えている。

特に、これからの少子高齢化社会を考えると、契約数はほぼ飽和状態に近づきつつあるという見方が一般的だ。各携帯電話会社は携帯電話やスマートフォンを利用するための回線契約を獲得する一方、そこで利用できるコンテンツサービスなどもいっしょに提供することで、収益を伸ばしてきたが、その土台となる契約数が頭打ちとなれば、今後の成長は難しい状況を迎えることになる。

仮に、携帯電話やスマートフォンのほかに、タブレットやウェアラブル端末、IoT製品など、1人で複数の端末を利用するような環境が普及したとしてもこれまでのような成長は難しいと考えるのが自然だろう。

各携帯電話会社の新しい事業

そんな中、ここ数年、各携帯電話会社は本業である携帯電話サービスのほかに、新しい事業の展開に取り組み始めている。

たとえば、NTTドコモは2012年に有機・低農薬野菜などを販売する「らでぃっしゅぼーや」を買収し、ドコモショップ店頭での関連商品の取り扱いを開始したり、2009年には「ショップジャパン」のブランドによるテレビショッピングで知られるオークローンマーケティングの51%の株式を取得して、モバイル経由のテレビ通販などを拡大しようとしている。

2013年には全国で料理教室を展開するABCクッキングスタジオを買収し、グループ傘下に収め、タブレットなどのICTを活用した料理教室の展開や自宅での料理レッスンの視聴など、新しい事業の創出に取り組んでいる。

環境保護の観点から注目を集めているサイクルシェアリングをモバイルと組み合わせる形で実現する「ドコモ・バイクシェア」を2015年に設立し、東京・千代田区の「ちよくる」をはじめ、全国6ヵ所でのサービスを展開し始めている。さらに、2015-2016年冬春モデル発表会では体験型サービス「すきじかん」を発表し、加藤薰代表取締役社長自ら「蕎麦打ち」や「ガラス工芸」の体験談をアピールしていた。

auも同じように、携帯電話サービス以外の取り組みに積極的だ。2008年には三菱東京UFJ銀行と共同出資する形で、じぶん銀行を開業し、auユーザー向けを中心にインターネット銀行のサービス提供を開始した。auの携帯電話番号のみで振込ができることなどの手軽さがウケているが、じぶん銀行の銀行業務を活かす形で、2016年春から「auのほけん・ローン」のサービスを提供することが発表された。

まず、じぶん銀行との連携によって提供される「auのローン」は、「au住宅ローン」から取り扱い始める。日銀のマイナス金利導入で、住宅ローンの金利低下が期待される中、大手銀行よりも低金利を実現することで、個人の住宅ローンの借りかえなどを狙っている。

このサービスを称して、一部では「2年縛りならぬ、35年縛りだ」と揶揄する声も聞かれたが、仮にauを解約してもauの回線契約とのセット割引などが受けられなくなるだけで、他の携帯電話会社に移行しても住宅ローンは利用し続けることができる。

また、「auの損害ほけん」では2010年にあいおいニッセイ同和損害保険(当時のあいおい損害保険)と合弁という形で設立した会社「au損害保険」が提供する保険サービスで、自転車保険をはじめ、ペット保険や傷害保険、国内旅行保険、海外旅行保険、ゴルフ保険などを提供している。自動車保険などの競争が激しいジャンルではなく、スマートフォンなどからも手続きができる手軽さを活かし、比較的、多くの人が日常的に入りやすい保険サービスをラインアップし、着実に契約を伸ばしている。

そして、「auの生命ほけん」では、2015年に出資したライフネット生命が提供する定期保険や医療保険を販売する。ライフネット生命はもともと、保険外交員を使わず、ネット販売を中心に展開することで、手数料を抑えた割安な保険料で販売を伸ばしてきた保険会社だが、対面販売を重要視する顧客も多く、なかなか大手保険会社の牙城を崩せずにいる。KDDIという後ろ盾を得ることで、さらに幅広い顧客にリーチしたい構えだ。

さらに、auは昨年、auショップを訪れた顧客の待ち時間を活かし、タブレットなどで買い物ができる「au WALLET Market」をスタートさせている。直接、auショップで品物が買えるわけではないが、コーヒーやお米など、こだわりの品目を取り揃えており、今までオンラインショッピングなどになじみがない層にも体験してもらえるように、サービス内容を充実させようとしている。

他の2社とは事業構造が違うため、少しアプローチが異なるが、ソフトバンクもヒト型ロボット「ペッパー」をはじめ、さまざまな事業を展開している。同社の場合、数多くの事業のひとつが携帯電話会社であり、携帯電話サービスの収益が事業拡大のエンジンとなっている。

新規事業の本質は携帯電話会社の経済圏

ここで取り上げた各携帯電話会社の新規事業は、その一部でしかないが、ここ数年で確実に各社の事業領域は拡大しつつある。冒頭でも触れたように、「各社の本業である携帯電話サービスの契約数が頭打ちになるから、他の事業でも稼ごうとしているのだろう」という見方が一般的だが、もう少し冷静に見ると、違った側面も見えてくる。

現在、各社の契約数を見てみると、NTTドコモが約6,900万、au(KDDI及び沖縄セルラー)が約4,500万、ソフトバンク(ワイモバイルを含む)が約3,900万となっている。この契約数には個人が複数の回線を契約しているケースや法人契約なども含まれるため、実際のユーザー数はもう少し減ってしまうが、それでも各社とも数千万単位の契約者を抱えている計算になる。この数千万という契約者とは、毎月、携帯電話の利用料金という形で支払いが発生しているうえ、携帯電話サービスを介して、直接、ユーザーにアプローチすることができる環境にある。

世の中には一般消費者を対象にしたさまざまなサービスが存在するが、数千万という単位の契約者を持ち、なおかつ決済もできる顧客基盤は非常に少なく、他業種の企業が羨むほどの存在なのだ。そこで、各携帯電話会社としてはその顧客基盤を活かし、他の業種と連携を図ることで、携帯電話会社を核とした新しい『経済圏』を生み出そうとしているわけだ。

今や携帯電話やスマートフォンは各個人が1台以上を持ち、毎日の生活からビジネスに欠かせない存在になってきたが、各携帯電話会社としては単純に携帯電話サービスを提供するだけでなく、もっと人々の生活やビジネスにコミットできる存在になるべく、新しい事業を創造し、提供しようとしている。ユーザーとしては、どの携帯電話会社と付き合うのかによって、どの経済圏と関わっていくのかを左右することになる。

携帯電話会社としての本業である携帯電話サービスの魅力を追求することは大前提だが、どんな経済圏に成長させていこうとしているのかもユーザーとしては注目すべき点になってきたと言えるのかもしれない。