モバイル業界関係者のためのMWC
2月22日から25日まで、スペインのバルセロナで世界最大のモバイル業界の展示会「Mobile World Congress 2016」(MWC 2016)が開催された。MWCは端末メーカーやソフトウェアベンダーをはじめ、携帯電話事業者、販社、関連企業などが集い、最新の技術やサービス、端末などを発表したり、商談を行なうイベントとして、知られている。
国内で開催される多くの展示会は広く開放されているが、MWCは参加費が10万円を軽く超えてしまうため、一般ユーザーはほぼ参加することができず、モバイル業界の関係者のための専門イベントとなっている。
このMWCの会期に合わせ、モバイル業界の各社は新製品や新サービスの発表を行なうことが恒例となっており、今回もサムスンやソニーモバイル、LGエレクトロニクス、Huawei、alcatel、HTCなど、さまざまなメーカーから新製品が発表された。
それらの内のいくつかは、日本市場向けにも順次、登場することになりそうだが、こうしたスマートフォンとは別に、今回のMWCでは少し違った製品が各社から発表され、話題になった。それは「VRヘッドマウントディスプレイ」だ。
VRヘッドマウントディスプレイとは?
VRは「Virtual Reality」の略で、直訳すると「仮想現実」という意味になるが、コンピューターの世界ではかなり古くから使われてきたキーワードの1つで、簡単にいってしまえば、「実際には目の前に存在しないものをコンピューターなどの技術を利用することで、あたかもそこに存在するかのように表示したり、体験できたりする技術」ということだ。
映画でいえば、『マトリックス』や『アバター』で描かれた「現実とは別の空間」もVRの表現の1つといえるが、当然のことながら、これらは架空の話なので、私たちが現実に体験できるVRとはまったくの別物だ。
では、私たちが普段、体験できるVRにはどんなものがあるだろうか。
最も身近な例としては、テーマパークなどに設置されているアトラクションなどが挙げられる。たとえば、宇宙空間をスクリーンに映し出し、自分たちが座っている席を映像と連動させたり、音響効果を加えることで、あたかも宇宙を旅しているような体験をできるといったアトラクションが知られている。
最近では同様の仕組みを利用した視聴システムがシネマコンプレックスにも導入され、人気を集めている。
こうしたアトラクションのような場所で楽しめる体験型VRに対し、ここ数年、急速に注目を集めているのがヘッドマウントディスプレイを利用したVRだ。ディスプレイとレンズを内蔵したゴーグルのようなものを頭に装着し、ユーザーの目の前のスクリーンに映像を映し出すことで、立体的なVRの空間を再現できるというものだ。
中でもアメリカのOculusが開発した「Oculus Rift」はヘッドマウントディスプレイに内蔵したセンサーを利用し、ユーザーが上下左右に首を動かすことで、それぞれの方向の映像を連動して表示させられるヘッドトラッキングの機能を実現し、より高い臨場感を演出できるようにしている。
ソニー・コンピュータエンタテインメントもPlayStation 4向けのVRシステム「PlayStation VR」を開発中であることを明らかにしており、まもなく正式な発売日などがアナウンスされる見込みだ。
スマートフォンを利用したVR
また、こうした専用機のようなVRヘッドマウントディスプレイとは別に、スマートフォンを利用したVRヘッドマウントディスプレイも登場している。
たとえば、サムスンは前述のOculusといち早く提携し、昨年3月には『Gear VR Innnovator Edition』を国内で発売した。ちょうど同時期に発表されたGalaxy S6/S6 edgeを装着することで、スマートフォンをディスプレイとして利用し、簡単にVRの世界を体験できるようにした製品だ。
ただし、『Innovator Edition』という名前が付いていることからもわかるように、昨年3月に発売された製品はどちらかといえば、開発者やいち早くVRを体験してみたいというユーザーのためのもので、価格もスマートフォンを別にして、2万円台半ばという設定だった。
これに対し、昨年12月に発売された「Gear VR(SM-R322NZWAXJP)」は一般ユーザーを対象にしており、価格も1万円台半ばに抑えられている。
今回のMWC 2016に合わせて催されたサムスンのイベント「UNPACKED 2016」では、約5,000台のGear VRを用意し、すべての来場者の椅子の上に置いておき、参加者がそれらを装着して、製品発表を見るという前代未聞の取り組みを行なった。
イベントのすべてをGear VRで説明したわけではないが、今回の発表の目玉であるスマートフォンの「Galaxy S7」「Galaxy S7 edge」はGear VRを使って、説明が行なわれた。
筆者自身もGear VRを装着していたため、周囲の状況は確認できていないが、他の記者が撮った写真などを見せてもらうと、視界に見えるすべての人がGear VRを装着しており、異様な風景に感じられた。ただ、Gear VRで映像を見ている参加者としては、今までの発表会とは明らかに違う『新しいリアリティ』を感じられるものだった。
LG Electronicsもプレスカンファレンスにおいて、VRヘッドマウントディスプレイ「LG 360 VR」を発表した。こちらはGear VRと違い、スマートフォンを装着するのではなく、本体にディスプレイが搭載されている構造で、重量も115gと軽いのが特徴だ。
また、この両社は360度の撮影を可能にしたカメラを合わせて発表している。これはいうまでもなく、VRのコンテンツをユーザー自身が生成できるように考えたもので、サムスンは前後に魚眼レンズを備えた「Gear 360」、LG Electronicsは小型で2K画質の撮影が可能な「LG 360 Cam」をそれぞれ発表している。
同じスマートフォンを手がけるメーカーでも違うアプローチを採ったところもある。グローバル向けだけでなく、国内向けにもauやSIMフリーモデルを展開するHTCは、「HTC Vive」という製品を発表し、MWC 2016の会場でもデモを行なっていた。
HTC Viveが他製品と異なるのは、スマートフォンを利用したVRヘッドマウントディスプレイではなく、専用デバイスとして作られており、2基のベースステーションでユーザーの位置を測位し、ユーザーは両手に1つずつ持つ専用コントローラーを使いながら操作するという点だ。
VRコンテンツを視聴するためのデバイスというより、VR対応PCゲームを操作し、楽しむためのデバイスとして作られている。国内向けの販売価格も10万円を超えているが、楽しめるVR対応ゲームは今までのゲームとはかなり違った体験になるという。
スマートフォンがVRの普及を切り開くか
冒頭でも触れたように、VRは比較的古くからコンピューターの世界で語られてきたキーワードだ。
今年のMWC 2016で各社がVRヘッドマウントディスプレイを出品する状況を見て、ある関係者は「スマートフォンや携帯電話の展示会ではなく、まるでアクセサリーの展示会のようだ」と苦笑いをしていたが、裏を返せば、モバイルという舞台に上げられたことで、誰でも簡単にVRを楽しめる環境が整ってきたという見方もできる。
一方、ゲームの世界に目を移すと、ここ数年のスマートフォンの普及により、いつでもどこでも手軽に楽しめるゲームが持てはやされ、ゲーム専用機やPC向けの本格的なゲームは一部の限られたユーザーのみが楽しむようになったといわれている。
こうした状況において、スマートフォンでも楽しめるVRという新しい体験が取り込まれることで、ゲームの市場にも大きな影響を与えることが期待されている。今後の各社の動向に注目しつつ、多くのユーザーがいち早く体験できるデモ環境の充実にも期待したいところだ。