[黒川文雄のゲーム非武装地帯] 第68回: 日米ゲーム安全保障条約の蹉跌-Apple vs Yahoo! JAPAN

2018年、第二次大戦の終結から73年が経過した。当たり前のことだが、戦争体験者は年々減っていく。広島、長崎に投下された原子爆弾による民間の犠牲者、被害者、はるか南方諸島で命を落とされた英霊の方々、終戦を知り自決された将兵、数多くの先達のおかげで、今の自分がここにあることを感謝している。私の父は、67歳の若さで23年前に亡くなったが、父は当時17歳、学徒出陣で戦地を赴く直前だった、しかし、その召集の直前に終戦となり、不条理や不自由を乗り越えて戦後を生きたと思う。

日本はアメリカの51番目の「州」か?

大戦が終わって、日本は急速に復興した。そこには平和憲法を謳い、焦土の中から1日も早く元の生活に戻りたいという、残された人たちの強い意思があったことだろう。また、戦勝国アメリカの保護もあったはずだ。日本を正常な形で、当時のソビエト連邦共和国を中心とした共産主義体制にはさせないという政策もあったに違いない。

そういう意味で日本は独立国家だが、実態としてはアメリカの51番目の「州」といわれている。つまり、アメリカ(軍)が統治、君臨しているがゆえに、アジア圏での秩序と平和が保たれているともいわれている。

かつて、フィリピンはアメリカ軍の駐留を否定し、軍関係施設の撤去が行われた。その結果、軍事における「一帯一路」政策を強く推し進める中国によって、南シナ海の環礁地帯への進出を容認した。結果、再びアメリカ(軍)の協力を要請することになったのは記憶に新しい。

なんだか、政治、軍事、国際経済のようなコラムの前書きになってしまったが、今回の話はテクノロジーとコンテンツにおける安全保障条約に当たるのではないかと思う。その意味では、戦後のアメリカと日本、そしてアジアを取り巻く環境は前提として覚えておかなければならない。

なぜ今なのか? 8月16日の日経電子版

アメリカのカリフォルニア州クパチーノにあるApple本社の外観(筆者撮影)

8月16日、「公取委、アップルを調査 ゲーム配信でヤフー妨害かGAFA独占、革新の壁に」というニュースが、日本経済新聞電子版で配信された。お盆の最終日、一般的には会社関係は夏休みの真っただ中、むしろこの日に記事を露出したことで、その記事の持つ重要性や注目度は少し薄まってしまったのではないだろうか。

記事の内容は、2017年7月18日にヤフーが導入した、ゲーム配信事業「Yahoo!ゲーム ゲームプラス」(以下、ゲームプラス)に対し、Appleが圧力をかけて、取引を妨げた疑いあるとして、公正取引委員会が事実を把握し調査を進めているというものだ。

第42回: HTML5の衝撃Yahoo!のゲームプラス「現代型デジタル封建社会」の農地解放か!?(関連記事)

ゲームプラスは、アプリのようにダウンロードの必要がないHMTL5ベースのゲーム配信プラットホーム。従来のApp Storeなどでのゲームのダウンロード、アイテムのダウンロードの必要性がなくなるもので、それに対して危機感をもったAppleが、ゲームプラスにゲームを提供する予定のパブリッシャーなどに対して非公式の圧力をかけ、顧客誘導や投資の縮小を迫った疑いがあるという報道だ。

すでに導入時期から1年が経過した今になってそれらを追求するのか……、というのが私自身の本音だ。なぜなら。ゲームプラス導入当初からヤフーとAppleの暗闘が続いていた。

ゲームプラスには国内大手パブリッシャー52社が賛同し、新作独占タイトルの導入を発表した会社もあった。だが、そのタイトルのサービスも導入から1年を待たずに、4月で終了した。ゲームプラス運営チーム、および外部の賛同を表明したパブリッシャーに対して、Appleは非公式に導入や大規模な広告宣伝を控えるように要請したと思われる。現に、7月18日の発表会以降、行われるはずだった大掛かりな宣伝計画は大幅に見直しを余儀なくされ、ヤフーの潜在顧客へのリーチすらじゅうぶんに行われることはなかった。

なお、日経の報道によると、ソフトバンクの孫社長が仲介したような経緯の記述があるが、それはおそらく仲介ではなく、孫社長自身もAppleのゲームプラスへのネガティブな方針に異を唱えて抗議をしたと思われる。結果的には孫社長が抗議しても、Appleは意に介さなかったというのが本当のところではないだろうか。

ご存じのように、Appleは常に自分たちにとって都合のよい形で規約を変更してきた。おそらく今回のゲームプラスの件でも、Appleの意思ひとつでヤフーのアプリを削除することができるという打診があったと思われる。つまり、他社と同じようなユーティリティーアプリだったら、類似したアプリの数を削減することができるなどの理由をつけて本気になればリジェクトすることは容易なことだ。

庇護も大きければ、それに対しての反発力も大きいのがAppleである。

コンテンツではないが、Appleには似たような前歴がある。

記憶に新しいのは2017年12月に起こった「電池劣化によるiPhoneの意図的な低速化」だ。これは、古いiPhoneの買い替えの促進を意図的に行っているのではないかとユーザーに疑義を持たれた件だ。

Appleはこの件に関しては否定をしたが、一方で低速化は経年劣化したバッテリーで突然の電源断を防ぐためという、やや無理のある説明を行った。そして、その経緯説明と謝罪を行い、希望者には安価でのバッテリー交換を行うに至った。この案件に関してはユーザーからの声が世界各国で噴出し、訴訟騒ぎに至ったこともあり、このような対応になったと思われる。

しかし、今回のApple vs ヤフーのようにBtoBでのケースの場合、書類の有無、証言の有無、双方による情報開示などが揃わない限り立証は難しい。また、日本の大手、中小ゲーム系パブリッシャーにとってAppleは大きな得意先だ。彼らが簡単にAppleに造反するような証言をすることはないだろう。

GAFAと日米安全保障条約

日経記事の見出しにもあった、GAFAという言葉が最近よく使われ始めた。GはGoogle、AはApple、FはFacebook、AはAmazonである。これらの企業とポータルは、アメリカはもちろんのこと、中国圏を除く世界を統治するポータルに成長した。

中でも、Appleは通信とコンテンツで日本を始め世界を統治しているアメリカンポータルの象徴なのだ。今回のAppleとヤフーの件は、日米安全保障条約(※)に批准するような展開と考えてみればわかりやすい(※1951年と1960年に締結された2つの条約の総称)。

日米安全保障条約は、大戦後にアメリカ軍が日本国内に駐留し、日本を防衛することを謳っているものだ。Appleの今回の行為はそれとよく似ている。条文の「アメリカ軍」をApple、「日本」をヤフーまたは日本側パブリッシャーに入れ替えて読めばわかっていただけることだろう。

いずれの場合も、アメリカ(Apple)ファーストなのことはわかっていただけるだろう。

コンテンツ面でのデジタル型農地解放を謳ったゲームプラスは、残念ながらAppleが保持する条約の効力が大き過ぎて、その解放を行うことはできなかった。そして、日本は実態面では未だアメリカの統治と保護下にあり、コンテンツ面ではAppleを始めとしたポータルの管理下にあるといってもいいだろう。

しかし、広くアジアを見渡せば、アメリカのグローバリズムと中国のコンテンツ政策の地殻変動は衝突の可能性も否定できないが、大きな可能性を秘めている。私が先日参加した、China Joy 2018で見たテンセントなど中国大手ゲームパブリッシャーたちは、HTML5コンテンツに大きく舵を切った。それは自社が有するメッセージングアプリ『WeChat』との連携を意味する。

また、日本ではLINEがHTML5ゲームのゲームポータルLINE QUICK GAME導入を今夏に予定している。私はヤフー「ゲームプラス」の事案、HTML5のポータルやコンテンツが日本のみならずアジア市場の大きな転換点になることを期待している。

日米安全保障条約(参考)

第一条(アメリカ軍駐留権)

日本は国内へのアメリカ軍駐留の権利を与える。駐留アメリカ軍は、極東アジアの安全に寄与するほか、直接の武力侵攻や外国からの教唆などによる日本国内の内乱などに対しても援助を与えることができる。

第二条(第三国軍隊への協力の禁止)

アメリカ合衆国の同意を得ない、第三国軍隊の駐留・配備・基地提供・通過などの禁止。

第三条(細目決定)

細目決定は両国間の行政協定による。

第四条(条約の失効)

国際連合の措置または代替されうる別の安全保障措置の効力を生じたと両国政府が認識した場合に失効する。

第五条(批准)

批准後に効力が発効する。