[黒川文雄のゲーム非武装地帯] 第29回: 雨ニモマケズ、風ニモマケズ……前ヘススム

みなさんの周りの景気はいかがだろうか? 僕の周りは……決して楽観できるものではない。

世の中はトレードオフで成り立っている

1月30日、タクシーの初乗り料金が、従来の2km/730円だったものが、1.059km/410円になった。願わくば、チョイ乗りを促進して活用頻度や経済効果を高めてもらおうという施策らしい。

しかし、実際に1.059kmという距離は、バス停1つ分プラスアルファ程度の距離、現実的には410円で収まるという利用は少ない。おそらく、今後の超高齢化社会での高齢者を見据えての利用と認知促進のためと思ってもいいだろう。

まあ、僕のような小心者は、乗るたびに「近いんですけど、スミマセン」と今まで以上に気を遣うことになりそうだ。

同時に、安くなるだけでは業界団体も納得をしないだろう、実は6.5kmを過ぎると、距離が伸びた分、従来よりも若干高めの料金になるという、すべてはこれらのようなトレードオフで成り立っている。

何かを引けば、何かが足されるというトレードオフだ。金融用語ではゼロサム(ZERO-SUM)という。一方が利益を得れば、他方は損失を蒙(こうむ)るというプラマイ・ゼロという原則だ。

エンタメ関連のトレードオフ

さて、広義のエンタテインメント業界においても、似たような事例はある。

遊技機系(風営7号によって管理される)パチンコ・パチスロの参加人口が、スマホのソシャゲのプレイ人口と入れ替わったことも、エンタテインメント業界におけるトレードオフではないだろうか。

実際にはそれらを裏付ける公式なデータは存在しないが、私は、2012年5月のコンプガチャ騒動の前後で、それらを取り巻く浮動人口が入れ替わったとみている。

ソシャゲは、パチンコ・パチスロのような換金もない、ゆえに換金目的のユーザーにおいては、そんな現象は考えにくいと思われがちだが、実際のところ、遊技機系の出玉のドル箱が積みあげられることで放出される一種の脳内麻薬的作用的なものと、スマホゲームのガチャでレアカードやレアアイテムを入手できることとの精神性や興奮をもたらす相似はあると考えている。

それと同時に、遊技機系ビジネスを管理する所轄省庁や業界の外郭団体である保通協などの規制の強化による部分も参加人口の減少への影響を及ぼしていることもあるだろう。

何も語らなかった3月24日の発表

前段が長くなったここからが今回のテーマだ。2016年3月24日にソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)の新会社フォワードワークスが発表された。会社の方針は「拡大を続けるスマートデバイス市場に向け新たなサービス事業を展開することを目的」として創業した。

しかし、3月の発表会では多くの内容が語られたわけではない。

発表は通り一遍の概要のみだった。その概要をかいつまんで記述すると、こうだ。

100%出資の子会社、名称にソニーの文字はなく、従業員数も未発表、コンテンツ内容も決まっていないが、過去のヒットIPの活用やオリジナルコンテンツも手掛けるということだった。

発表会の直後にSIEジャパンアジア・プレジデント盛田氏に取材を申し込んだが、「現時点で発表会以上の内容はないので辞退したい」という回答だった。

おそらく、SIEとしては「フォワードワークスという会社でスマホ向けコンテンツの開発をやっていることだけは伝えよう。もしくは、この発表を基にさらにパートナーを募って行こう」という主旨だったのだろう。

考え過ぎかも知れないが、さらにいえば、2016年の後半に向けてスマホ市場参入への矢を放とうとしていた任天堂への牽制も少なからずあったのかもしれない。

今回の発表は具体的

12月7日に開催されたフォワードワークスのコンテンツ発表会「ForwardWorks Beginning」での詳細はGameDeetsの記事を読んでもらった方がいいと思うが、SIEが保有する過去のIPコンテンツをスマホ向けにアレンジして拡張を続けてきた日本とその他のアジア諸国への配信を目論んだものだ。

スマホに相性のいい『みんなのゴルフ』、PSPで好セールスを記録した『勇者のくせになまいきだ。』シリーズの新作『勇者のくせにこなまいきだ DASH!』、さらには『アークザラッド』『ワイルドアームズ』の新作が準備されているという。

ライトからヘビーなタイトルまでじゅうぶんなラインナップだろう。サードパーティの参加も盛んだ。

また特筆すべきは、『アークザラッド』はスマホ系ゲームパブリッシャーのオルトプラスが開発し、『ワイルドアームズ』はGREE社内の開発スタジオWright Flyer Studiosと共同開発になるという、なんという柔軟な対応と時代の変化に併せた対応ではないか。トロもパラッパーも還ってくるという。

しかし、これらのコンテンツのスマホ化は何かのトレードオフになるのではないだろうか。それが対象ユーザーなのか、自前で供給してきたPlayStaton4のデバイスやコンテンツかもしれない。

そうなると先の経済用語のようなゼロ・サム現象は自ずと起こることだろう。最悪の場合はSONYというブランド・ワールドの中でのデバイスと参加ユーザーのカニバリズム(共食い)も考えられる。

しかし、ソニーの名前をあえて消した社名には、何か使命感のようなものも感じる。何があっても前を向いていくというその姿勢は宮澤賢治の詩を想起させる。

雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体をもち
欲はなく 決して怒らず
いつも静かに笑っている
1日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり そして忘れず
野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい
北にケンカや訴訟があれば つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず 苦にもされず
そういうものに 私はなりたい

振り返ってはいけない。振り返っていいのは時を止めた老人だけでいい。

そう、そのように前に進むことだけを思っているに違いない。前を向いて進んで開拓、開発をしていくコンテンツに大いに期待を寄せていきたい。