クラウドゲーミングが抱える課題とは?
前回の「おさらい」になりますが、クラウドゲーミングではゲームプログラムをクラウド側で動作させており、映像はネットワーク(インターネット)を通じてプレイヤーの手元の端末に伝送されてからテレビに表示されます。この映像を見たプレイヤーは、ゲームコントローラーを操作し、この操作データはネットワークを通じてクラウド側で動作しているゲームプログラムに戻され、この操作データを処理してゲームを進行させ、次の映像描画に取りかかります。以下、その繰り返し……となります(下図)。
ここまで理解した上で、素人目線でもいくつか「クラウドゲーミングにまつわる気になる点」が出てくるかと思います。
1つは「映像がネットワークを通じてやってくること」、もう1つは「プレイヤー操作がネットワークを通じてゲームプログラムに戻されること」です。
手元にあるゲーム機ならば瞬時に往来できるデータをわざわざネットワークを通じてやりとりしなければならず、ここはクラウドゲーミングの仕組みにおいては、とてもデリケートな部分となります。
現在、日本国内では光通信回線であれば実効転送レートで軽く数十Mbpsに達しているし、通信遅延時間も数十ミリ秒内に到達してきてはいます。しかし、映像を見ながらリアルタイムに反応を返す必要のあるゲームでは、ジャンルによっては、現状の通信速度や遅延速度ではじゅうぶんではない場合も出てきそうです。
より具体的に考えてみましょう。例えば、毎秒30コマ(30fps)のゲームでは1フレームあたりの表示期間は33.33ミリ秒で、毎秒60コマ(60fps)ならば16.67ミリ秒での表示サイクルが必要になります。つまり、映像データの伝送やゲームプレイ操作の伝送も、当然この時間内にクラウド側とやりとりできないと、理論上はリアルタイム動作ができないことになります。
とはいえ、この問題も中期的には解決される展望があるといわれています。というのも、日本では10年以内には、同一県内の通信遅延速度を数ミリ秒以内に収め、通信速度も現在の数倍から10倍近くに高められる見込みがあるからです。現在、業務用の専用線ネットワークサービスでは1ミリ秒未満の遅延が実現されているものもありますし、2020年ごろの普及を目指している次世代携帯電話網「5G」においても、同一無線区間内の遅延を1ミリ秒前後に抑えることを目標にして研究開発が進められています。
とはいえ、クラウドゲーミングは原理上、ネットワークの品質が構造上の弱点になりうることは間違いないので、ネットワークを通じてのデータ往来の低減や、遅延の影響を極力受けにくいゲームプログラムの設計に務めていく必要はあります。
そうしたネットワーク性能の進化の途上である現在、有望視されているのが、「クラウドゲーミングのよさ」と現状の「高性能な家庭用ゲーム機のポテンシャル」の両方を適宜使い分けるような「ハイブリッド」ゲームエンジンのスタイルです。
「ハイブリッド」ゲームエンジンというゲームの実現手法
「ハイブリッドゲームエンジン」という用語は、筆者が便宜上、勝手に用いている造語です。念のため。
現在、研究が進められている、その「ハイブリッドゲームエンジン」とは、ゲーム処理における「リアルタイム性が死守されるべき部分」と「クラウドゲーミングで取り扱えるレベルのリアルタイム性の部分」とを切り分けて実装する新しい形態のゲームエンジンです。
例えば、プレイヤーがゲームコントローラーを操作して、自キャラがこれに呼応して動いたり、攻撃を繰り出すようなゲーム操作処理、自キャラ描画処理などは、ちょっとした遅延でもプレイ感覚に大きな影響を及ぼします。
一方で、放った攻撃魔法が10メートル先の敵に命中した際、その敵の動きの制御や飛んでいった魔法弾の動きはわずかばかりの遅延があったとしてもプレイヤーは気が付かないことでしょう。
つまり、低遅延を死守すべき処理系はプレイヤーの手元の端末側でリアルタイム処理して描画までを行うようにして、ある程度の遅延が許容されそうな処理系はクラウド側で処理してクラウド側で描画するようにすればよさそう……ということが見えてきます。
プレイヤー側は、もちろん双方を合成した最終映像を見ることになるので、それぞれが別系統で処理されていることは知る由もありません。
こうした、従来型の「手元の端末でリアルタイム処理をする部分」と「クラウド側で処理する部分」を併せ持ったハイブリッドゲームエンジンでは「何を手元の端末(ゲーム機)で処理させるか」「何をクラウド側で処理させるか」が重要なポイントになってくることは想像に難くないと思います。
上でも触れたように、操作している自キャラと敵とがダイレクトにコンタクトする格闘ゲームや、RPGのようなゲームでも、比較的攻撃対象が近い局面が多いゲーム性のものでは、その衝突判定の多くを手元の端末側で処理する必要がありそうです。
比較的、遅延が許容できて、なおかつ複雑な演算や大規模な演算が必要なテーマはクラウド側で処理するのに向いているといえます。例えば、ビルが崩壊するような大規模な破壊表現……すなわち大局的な物理シミュレーションのようなものはクラウド側で実践するのに向いたテーマです。また、人工知能(AI)や間接照明に代表される大局照明なども遅延がある程度は許容されるテーマなので、クラウド側にオフロードできそうです。
これまでも、プレイヤーの関心の高い処理系を高精度に行い、関心の低い処理系を低精度に行う「Level of Detail」(LOD)システムをゲームプログラム上で実装することがありましたが、このLODの仕組みをローカルとクラウドで使い分けるようなイメージ……と考えてもいいかもしれません。
さて、ハイブリッドゲームエンジンを前提とした場合、完全なクラウドゲーミングとは異なり、ゲーム処理やグラフィックス描画の一部を手元の端末側で実践することになります。なので、完全なクラウドゲーミングよりは一定レベル以上のCPU性能やGPU性能は必要にはなるでしょう。
しかし、すべてのゲーム処理を手元の端末でやるのと比べれば処理負荷は軽いですし、いまやスマートフォンやタブレットのプロセッサもなかなかに高性能なので、それほど高い敷居にはならないはずです。
「ハイブリッド」ゲームエンジンはゲーム機の寿命を延命する?
PS3やXbox 360の時代から、据え置き型ゲーム機はその時代の超ハイエンドPCの性能を上回ることはなくなりました。これは、CPUやGPUの専業プロセッサメーカーが開発した最新プロセッサの方が、ゲームメーカーがゲーム機のために新規専用設計するよりもコスト的にも性能的にも優れるようになってしまったからです。実際、GPUのグラフィックス表現力、CPUの演算性能に関していえば、2013年(日本では2014年)に発売されたPS4やXbox Oneをはるかに上回るPCは、それらの発売時点ですでに存在していました。かつてのように、今では、その時点での最高性能プロセッサをゲーム機に搭載することはコスト的に難しく、仮に、無理矢理その時点での最高性能PCに相当するものをゲーム機に詰め込んだとしても、そのゲーム機の発売1年後には、その年に新登場するハイエンドPCに性能的に負けることになってしまいます。だからといって、「PCゲームファンは、全員、常に最高性能PCを所持しているか」といえばそんなこともありませんよね。
そこで代替案として登場したのが、その時代の最高性能はクラウド側に実装し、クラウドゲーミングの形でゲーム体験をユーザーに提供していってはどうか……というアイデアです。この仕組みであれば、1人1人のユーザーは、自身で超ハイスペックなPCを持たずとも、常に超ハイスペックなゲーム体験ができることになります。
前述のハイブリッドゲームエンジンの仕組みも応用し、クラウド側のハードウェアをその時代の最高性能のものにしていけば、ユーザーは手持ちのゲーム機の性能を超えた体験を享受し続けられることになります。
ソニー・コンピュータエンタテインメント SVP兼第一事業部事業部長の伊藤雅康氏は、PS4発表時に「PS4の寿命は10年以上に想定している」ということを述べていましたし、奇しくもマイクロソフト副社長Phil Harrison氏も「Xbox Oneの寿命を10年以上と想定している」と述べていました。
筆者としては、これらの発言は、クラウドゲーミング技術と結びつけた発言として理解しているのですが、果たして真相はどうなのでしょうか。
クラウドゲーミングの話題の最終回となる次回は、クラウド側で超高性能コンピューターを稼動させるタイプのクラウドゲーミングサービスについて詳しく見ていきたいと思います。