Amazonがゲームエンジンビジネスに進出ってどういうこと?
Amazonといえば、世界的に有名な通販サービス運営企業ですよね。
しかし、Amazonは、今や巨大なインターネットサービス企業の側面も強くなっています。
最近では、このインターネットサービス部門が多角的な進化発展をしていて、世界各地で巨大なデータセンターやクラウドコンピューティングセンターを設立し、これを武器にしたITビジネスを展開しつつあるのです。
その中で、AmazonのITビジネスの主軸にもなってきているのがAmazon Web Services(AWS)です。
AWSは、いわばAmazonが有する巨大なサーバー資源、ネットワーク資源を利用した、主に企業向けのサーバーインフラ事業なのですが、その中には、ゲーム事業も含まれています。
具体的にいえば、Amazonとしては「コンピュータゲームビジネスを展開する際にAWSを使ってください」というビジネスを展開しているということです。
今や、ゲームにおいて、ネットワークと無縁でいられるタイトルというのは少数派ですからね。
PC、ゲーム専用機はもちろんですが、特にスマホやタブレットなどの携帯情報機器向けの人気ゲームタイトルはネットワークサービスと強く連携したタイトルがほとんど。
ただ、Amazonとして、ゲーム業界の企業達に「御社のゲームのサーバーシステムにAWSはいかがでしょう?」と売り込むにしても、「ゲームとの親和性ちゃんとしてるの?」という問いかけに「もちろん!」と自信を持って返答できなければ信頼を獲得できません。
ゲーム業界はゲーム業界で「低遅延なリアルタイム性能が求められる」「同時多人数のアクセスをスケーラブルに捌けるアーキテクチャが必要」といった具合に、かなり特異かつ独特なサーバー/クライアントシステムが必要です。
そのためには、ゲームシステムに合わせてサーバー側で動作させるゲームサーバープログラムの開発も行う必要があり、ゲームシステムに明るいサポートエンジニアも必須です。
そんなわけで、Amazonはその強力な資本力を生かし、AWSを効果的に活用できるゲームエンジンを自ら顧客に提供できるようにしよう、という大胆な戦略の実行に踏み出したのです。
たしかに、Amazon側が自らゲームエンジンを持ち、それがAWS活用に最適化されていれば、ゲーム業界側はAWSベースのゲーム開発プロジェクトを実行しやすいですし、Amazon側はAmazon側で「うちにはゲームに最適化されたネットワークサービスのトータルソリューションがあるんですよ」というアピールができます。
そんなわけで、Amazonは、ゲームエンジンビジネスに乗り出したのです。
LumberyardはCRY ENGINEをベースにして開発されている
ただ、そうはいっても、Amazonは「ゲームの素人」同然でした。それこそ、ゲームエンジンの開発は容易ではありません。
そこで、とあるアクロバティックな方策に出ます。
それは、経済的な困難に陥っていたCRY ENGINEを開発したCRYTEKにアプローチすることでした。
2015年、CRYTEKは、当時の最新版のCRY ENGINEの全ソースコードをAmazonに販売することを決断したのです。
念のために補足しますが、CRYTEKはAmazonに買収されたわけではなく、CRY ENGINEの2015年版のソースコードの公開と利用権をAmazonに販売した……ということです。
なので、以降もCRYTEKはCRY ENGINEの開発や更新は独自に継続して行くことができます。
このライセンス契約にAmazonがCRYTEKに支払らった金額は一説によればなんと5000万ドル(約50億円)にも及んだと言うことです。
Amazonは、この買い取った2015年版CRY ENGINEをベースに、AWSを前提としたネットワーク連携機能を統合させたり、2014年に先駆けて買収した動画配信企業のTwitch連携機能を搭載するなどして、Amazonカスタムゲームエンジン「Lumberyard」は形をなしていくことになります。
ゼロから開発するよりも、お手本となるテンプレートがあった方が開発は早く進みますから、Amazonとしては約50億円を投資して、最高のゲームエンジンのサンプルテンプレートを入手したというわけです。
なお、ゲーム開発側の視点から見ると、CRY ENGINEとLumberyardは使い勝手の面でよく似ているといえますが、双方間の互換性はまったく保証されていません。
CRYTEKも、Amazonも、それぞれを「我々の独自エンジンである」と見なしています。業界用語で言うところのいわゆる「ブランチを切った」(※)というヤツですね。
※バージョンが枝分かれして、その後は独自の進化を辿っていくこと。
Amazonは、このCRYTEKとの契約後、世界中の優秀なゲームエンジン開発経験エンジニアを雇用して、Lumberyardの開発に当たらせています。
この中には、マイクロソフトの人気ゲームシリーズのHALOシリーズの開発を手がけたBungieのプログラマなども含まれています。
年々進化するLumberyard
Lumberyardの実動版はサンフランシスコで開催されているゲーム開発者会議(GDC)、GDC2016で一般公開されました。
この時は、女忍者が演武を披露するリアルタイムデモが公開になったのですが、その映像が、なんとHDR(ハイダイナミックレンジ)に対応している事に驚かされました。
しかも、Ultra HDブルーレイ(通称4Kブルーレイ)で採用されているHDR10ではなく、ドルビー・ラボラトリーズ(以下、ドルビー)が提唱しているHDR映像規格「Dolby Vision」に対応させたものになっていたことで、業界人はドギモを抜かされたものです。
まぁ、現在のHDR映像のデファクトスタンダードはHDR10規格の方で、Windows PCやPS4シリーズ、Xbox OneシリーズもHDR10の方を採用しています。
なので、LumberyardのDolby Vision対応はあくまでデモンストレーションといった感じだったとは思いますが、Amazonがゲームエンジンを真剣に開発していて、しかも相応に高い技術力を持って取り組んでいる……といったことはじゅうぶんにアピールできたのではないかと思いました。
翌年の今年のGDC 2017では、展示会場内でほぼ最大級の広さでAmazon Lumberyardブースが設営されていました。
GDC 2017の公式ガイドにも、Amazonブースとしてではなく、Amazon Lumberyardブースとして記載されていたのです。
今年も、Amazonがゲームエンジンビジネスに本気……ということをアピールしてきた格好ですね。
関係者に取材を進めたところ、今年の2017年版のLumberyardでは、もともと存在していたCRY ENGINEのオリジナルプログラムコードの割合は、ついに50%程度にまで小さくなったとのことでした。
ただ、相変わらずゲーム制作パイプラインはCRY ENGINEスタイルになっているそうで、使い勝手の面で大きな変更は行っていないとのことでした。
今年も進化したLumberyardをアピールすべく、リアルタイムデモをGDC 2017の開催に合わせて公開していました。
今年もHDRに対応だったことは言うまでもありませんが(YouTube公開版はSDRです)、今年はDolby Visionへの対応は特にアピールはされていませんでした。
公開されたでものうちの1つは「Bistro」というタイトルで、主にグラフィックスエンジンの新機能である「Temporal Anti-Aliasing」(TAA:時間方向のアンチエイリアス)と,「Specular Anti-Aliasing」(SAA:スペキュラアンチエイリアシング)、「Order Independent Transparency」(OIT:順不同の半透明描画)の実装をアピールするものです。
2つの新アンチエイリアス機能は、アンチエイリアスから連想されがちな「ジャギーの低減」ではなく、ゲームグラフィックスでありがちな「時間方向のチラつき」を低減させます。
OITは、半透明オブジェクトの描画をソートなしで行っても見た目的に不具合が起きにくい……といったものです。
もう1つのデモは「Lost」というタイトルで、こちらは、現在までのLumeryardのグラフィックスエンジンの機能を効果的に活用して短編映画風の映像にまとめ上げたものです。
この作品はゲームのイベントシーンをイメージしたもの……と捉えることもできますが、もしかすると最近、なにかと業界で話題の「ゲームエンジンの映像制作分野への転用」を意識したものなのかも知れません。
というのも、ライバルのUnreal EngineやUNITYでは、それぞれ、商用映像作品での映像制作プロジェクトにそれらのゲームエンジンが使われ始めたことをアピールしていて、今ホットなテーマだからです。
Amazonはビデオオンデマンドサービスも行っていますから「Lumberyardでの映像コンテンツ制作」という訴求も隠されているのかもしれませんね。
広大な、GDC 2017のLumberyardブースでは、今年は「実際にLumberyardを使って開発されているゲーム」の展示も行われ、4つのタイトルが展示されていました。
1つはイギリスのSlingshot Cartelが手がける3人称視点シューティングの『The DRG Initiative』です。
2つめは元ROCKSTAR NORTHの代表で歴代GTAシリーズのプロデューサを務めてきたLeslie Benzies氏が設立した新スタジオが手がける『Everywhere』です。
3つめは、かなり長期開発プロジェクトとして語り草になってる『Star Citizen』です。
こちらは『Wing Commander』シリーズなどの宇宙ものシューティングアドベンチャーの名作を生み出してきた著名クリエイターのChris Roberts氏によるもので、知っている人も多いかも知れません。
この『Star Citizen』はもともとCRY ENGINEを採用して2011年から開発がスタートしていたタイトルなので「LumberyardはCRY ENGINEを使っていた開発者に使いやすい」といったアピールにもなっているようですね。
4つめは、自社Amazon傘下のゲームスタジオのAmazon Game Studios社が手がけているマルチプレイ前提のバトルアクション『BREAKAWAY』です。
こちらは、Amazonがもともと得意としているネットワークサービスを効果的に活用した4対4のマルチプレイ対応のネットワーク対戦ゲームになります。
同じAmazon傘下のゲーム映像配信サービス企業Twitchの機能を活用し、ゲームをプレイしていないユーザーが自由に対戦を観戦できるような「スポーツ観戦的な機能」も盛り込んで、Lumberyardの総合的な機能性をアピールするタイトルになっているようです。
Lumberyardはスマホ/タブレットにも対応している
Lumberyardの対応プラットフォームはWindows PC、Xbox Oneシリーズ、PS4シリーズのほか、iOS(iPhone 5S 以降および iOS 7.0 以降)、Android(Nexus 5と同等性能以上、OpenGL ES 3.0以降が必要)となっていて、意外に幅広いのです。
サーバー側に関しては、Windows Serverの他、Linuxベースの専用サーバーの提供も予定されています。
GDC 2017では、Windows PCベースのゲームばかりでしたが、エンジン自体は、今後、MacOSへの対応も行っていくとのことなので、Macにもいずれ対応がなされる見込みです。
Lumberyardは使用料が無料で、しかも販売したゲームの売り上げに対するロイヤリティ請求もありません。
しかもソースリストは公開されていて、改造も自由です(ただし、派生エンジンの公開は不可)。自由度の高さは、競合のUnreal EngineやUNITYに引けをとりません。
それでは収益はどこから見込んでいるかといえばそれは「Lumberyard採用ゲームがオンラインサービスにAmazon AWS(Amazon Web Services)を利用してくれること」にあります。
なので、ネットワーク機能を積極活用して作られることが当たり前のスマホ/タブレット向けゲームにおいて、AmazonはLumeryardの採用を相当に期待していることは間違いありません。
採用ゲームはいずれ出てくるとは思いますが、もともとLumberyardはCRY ENGINEベースのゲームエンジンであることから、実際の要求ハードウェアスペックは高くなりそうです。
Androidだとハイエンド端末、iOSだと最新型が前提になると思われます。
LumberyardはVirtual Reality(VR:仮想現実)にも対応しており、Oculus Rift、HTC Vive、OSVR、PlayStation VRといったVRプラットフォームへの対応が公言されています。
AmazonはすでにFireタブレット、FireTV、Kindle電子書籍リーダーのような情報端末を自身でいろいろ発売してきていますが、今後、このラインナップにAmazon謹製のVR-HMD型端末自体を出してきたりすると面白いことになりそうです。
最近では、別途ゲーム機やホストコンピュータを必要としない、VR-HMD(ヘッドマウントディスプレイ)自体にWindowsやAndoridベースのホストコンピュータ機能を統合したマシンがでてきていて、これが次世代のVR-HMDの本命と見る向きもあるくらいですからね。
まだまだ、始まったばかりのLumeryardですが、年々、確実に進化してきていることは間違いないので、今後の動向は気になるところです。
本家のCRY ENGINEの元気がなくなってしまっていますから、Unreal/Unityの2大ゲームエンジン戦局に対抗できるのは、もしかすると、CRY ENGINEからのれん分けされたLumeryardとなっていくかも知れません。
(C) 2017, Amazon Web Services, Inc.